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2025年12月26 日、東京体育館、Softbank ウインターカップ3回戦。14 年連続 15 回目の出場の正智深谷高校(埼玉)が福岡第一高校(福岡)と対戦した。スコアボードが示したのは「59-82」。ウインターカップで5度の優勝経験のある福岡第一高校の壁はあまりにも高く、厚い壁。埼玉の雄・正智深谷の冬は幕を閉じた。

試合後のラストミーティングで、正智深谷の選手たちを前に、成田靖監督は静かに口を開いた。

正智深谷・成田靖監督
「悔しいのは分かっている。完全燃焼したかったから、もう一回やりたいなって思うんだろう」

成田監督は、勝負の厳しさを諭すように続けたー。

正智深谷が今年逃したメインコートでの表彰台は後輩たちに託された。

■「なんで、怪我をするのがお前なの?」

チームの絶対的支柱、キャプテン・加藤駿選手(3年生)の高校バスケは、けがとの闘いだった。高校2年の冬、そしてラストイヤーの6月には「10年に1人」レベルの重度の疲労骨折を経験した。全治4ヶ月。

インタビューに答える加藤駿選手 この記事の写真

加藤選手は不安で眠れない夜もあったと、当時の絶望を振り返る。

加藤駿選手(3年生)
「もうバスケはできないかもしれない」

成田靖監督もまた、そんな加藤選手を見て、言葉にならない思いを抱えていた

成田靖監督
「なんで、怪我をするのがお前なの?」

チームメイトは誰よりも真面目で、誰よりも体育館に立ち続けて練習に励んだ加藤駿選手を温かく見守り続けた。

チームメイト
「早く復帰して、一緒に試合出ような」

加藤選手はその言葉を支えにリハビリという孤独な戦いを耐え抜いた。チームメイトの声援を受けて復帰したエース加藤選手に、成田監督は全権を委ねた。

成田靖監督
「負けるなら駿で負けたい。勝とうが負けようが、全部お前が背負え」

その愛ある重圧を背負い、不屈のエースは最後の冬のコートに立った。

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正智深谷高校は浜松学院興誠高校(静岡)との初戦を迎えた。第1Qから正智深谷は、浜松学院興誠・西垣玲央(にしがき・れお)選手を起点に攻め込まれ、第2Qで、正智深谷のディフェンスが崩壊。西垣選手の勢いを止められず次々と失点し、残り10秒を切ったところで38-39と逆転を許して前半を終える。

シュートを放つ浜松学院興誠・西垣玲央(にしがき・れお)選手

後半第3Qに入っても正智深谷は浜松学院興誠の勢いを止められず、防戦一方となり、リードを一時12点差まで広げられ、絶体絶命のピンチに追い込まれる。

最大12点差をつけられ、まさかの初戦敗退が脳裏をよぎる。成田監督が唇を噛むほどの劣勢だ。

正智深谷・成田靖監督 成田靖監督
「正直、油断していました。完全に気持ち負けしていた」

正智深谷は窮地に追い込まれたときこそ、「日本一キツイ練習」が牙を剥く。早船哉斗選手(3年生)と山口哲平選手(3年生)が得点を重ね、猛追。第4Q3分43秒に山口選手の得点で逆転。(71-70)

正智深谷・山口哲平選手

そして第4Q残り34秒、1点を争う攻防でチームを救ったのは、エース加藤選手の執念だった。

正智深谷・加藤駿選手

相手の決定機を叩き落とすブロックショット、そして誰よりも高く舞い上がり、もぎ取ったディフェンスリバウンド。

加藤選手は、試合後にこのプレーへの思いを語った。

加藤駿選手
「(マークが厳しくて)点が取れないなら、それ以外で貢献して恩返しがしたい」  

泥臭く、必死に。なりふり構わぬキャプテンの献身が、チームに逆転勝利をもたらした。(87-78)

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2回戦。正智深谷の前に圧倒的な「高さ」の壁が立ちはだかる。相手チームは留学生3名が所属する山梨学院高校(山梨)。この試合、一人の男が覚醒した。正智深谷のスラッシャー・山口哲平選手(3年生)だ。

正智深谷・山口哲平選手 山口哲平選手
「監督から『臆病』と言われているので……絶対にそう言われないようにしようと思って」  

そう語る山口選手は、山梨学院の留学生サム・ディオフ選手(1年生)が待ち構えるインサイドへ突っ込んだ。恐怖をねじ伏せ、身体をぶつけ、得点を決めていく。その姿に、エース・加藤選手も呼応する。

このとき加藤選手のプレーには迷いがあるように見えた。しかし、成田監督はその迷いにいち早く気が付き、大声で指示を出した。

成田靖監督
「駿、迷うな!(自分で) いけ!」  

その声に応えるように、加藤選手は3ポイントラインでシュートを放った。

加藤駿選手 加藤駿選手
「自分が外しても、絶対に(仲間が)競ってくれる」

迷いのないアーチがリングを射抜く。けがをして自分を支えてくれた仲間たち、つらい時間を乗り越えたその信頼が生んだ3ポイントだった。

第4Q。勝利まであと10分の正智深谷の前に、山梨学院が立ちはだかる。山梨学院の留学生コッシー・オ・アンドレイ選手(2年生)を起点とした猛攻に遭い、3点差(82-79)まで肉薄される。その空気を切り裂いたのは、正智深谷の点取り屋・早船哉斗選手(3年生)だった。

正智深谷・早船哉斗選手 早船哉斗選手
「3年間苦しい思いをして走ってきた」

その言葉通り、残り1分15秒の重圧のかかるフリースローを沈めると、最後は勝利を決定づける3ポイントを射抜く。正智深谷が高さの不利を「走るバスケ」で凌駕し、87-82で激闘にピリオドを打った。

【WC3回戦】「苦しい時に決めるのがエース」

正智深谷の3回戦の相手は優勝5回を誇る強豪・福岡第一高校(福岡)。

正智深谷(埼玉)VS福岡第一(福岡)

成田監督は、福岡第一高校との対戦を前に、挑戦者として思いを語った。

成田靖監督
「誰も正智が勝つとは思っていない。だからこそ、こんなにワクワクする試合はない」  

成田監督の言葉通り、戦いに挑む選手たちの瞳に恐れは微塵もなかった。序盤、正智深谷は2年生シューター藤本勝悟選手(2年生)が連続3ポイントを突き刺し、福岡第一を慌てさせる。

藤本勝悟選手(2年生)

しかし、正智深谷と同じ堅守速攻スタイルでゲーム巧者の福岡第一の壁は厚く、正智深谷は、福岡第一のWキャプテン宮本耀(みやもと・よう)選手(3年生)、宮本聡(みやもと・そう)選手(3年生)や藤田悠暉(ふじた・ゆうき)選手(3年生)のリズムのいいオフェンスに苦しめられ、点差を広げられる(32-48)。

福岡第一・宮本耀(みやもと・よう)選手(3年生)

この悪い流れを断ち切るべく、正智深谷の成田靖監督がすかさずタイムアウトを要求した。そして、タイムアウト明けに成田監督の檄(げき)がコートに飛ぶ。

成田靖監督
「(山口)哲平、自分で行け!」

スラッシャー・山口哲平選手(3 年生)は試合後にプレーについて語っている。

山口哲平選手
「自分の足を信じろと言われた。ずっとキツイ練習を走ってきたから」   山口哲平選手

山口選手(3年生)がミドルジャンパーをねじ込むと、ここから正智深谷の「堅守速攻」が爆発。早船選手のスティールから山口選手が冷静に加点するなど怒涛の追い上げを見せ、50-58と最終Qに望みをつないだ。

第4Q、先に得点を奪いたい正智深谷は、加藤選手が3ポイントを狙うも、得点を奪えないシーンが続く。すると、福岡第一の宮本聡選手(3年生)、トンプソン・ヨセフ・ハサン選手(3年生)らが要所で3ポイントを突き刺し、正智深谷は突き放されてしまう(54-72)。

そして残り3分48秒、15点ビハインド、エース加藤選手がボールを持った。

加藤駿選手
「苦しい時に決めるのがエース。絶対決めてやろうと思った」  

執念でねじ込んだ3ポイント。加藤選手は、この試合に対する思いを語っていた。

加藤駿選手 加藤駿選手
「仲間や支えてくれた人たちに恩返しがしたい。」

加藤選手が描いた美しいシュートの放物線は、3年間の苦悩と、支えてくれた仲間への感謝そのものだった。そして、エースの一撃に呼応するように、チーム全員が最後の力を振り絞る。

正智深谷が強豪の福岡第一のオフェンスの持ち時間を減らし、24秒バイオレーションを奪ったプレーは、まさに日本一厳しいといわれる練習の集大成だった。

第4Q、残り1分53秒。

正智深谷の3年生たち

深谷正智のベンチから声を出し続けた本橋芽空(もとはし・がく)選手と佐々木寧(ささき・ねい)選手(3年生)を成田監督は投入した。その瞬間ウインターカップのコートに立っていたのは共につらい時間を乗り越えた3年生だった。

仲間たちとの最後の攻撃。正智深谷が磨き続けてきた堅守速攻。第4Q残り30秒、早船選手がディフェンスからもぎ取ったボールを、最後は本橋芽空(もとはし・がく)選手(3年生)が速攻を決めた。3年間で築き上げてきた「正智深谷のバスケット」を体現するプレーだった。

試合終了のブザーが無情にも会場に響き渡り、最終スコアは59-82。

福岡第一戦 終了後の正智深谷

勝利には届かなかったが、最後まで走り抜き、戦い抜いた正智深谷。その勇敢な姿に、会場からは惜しみない拍手が送られた。

ラストミーティング

試合終了後、日が沈み始めた空の下で行われたラストミーティング。成田靖監督は、全力を出し尽くした選手たちを前に、静かに口を開いた。

正智深谷ラストミーティング成田靖監督 成田靖監督
「このレベルになると、チャレンジが成功に変わらないと『いいゲーム』で終わってしまう」

だが、その表情はどこか晴れやかだった。厳しい言葉の後に続いたのは、一年間走り抜けた選手たちへの、最大級の賛辞だった。

正智深谷のラストミーティング 成田靖監督 成田靖監督
「(バラバラだった)新人戦の頃を考えれば、いいチームになった。弱い気持ちを持った奴や、わがままな奴を許さずに、みんなで同じ方向を向いた」 成田靖監督
「今年は、みんな同じ温度で、みんなのダメな所をみんなで直し、いい所を引っ張り上げた。……すごく、やっていて楽しいチームでした」

「日本一キツイ」と言われる練習を課す成田監督からの、「楽しいチームだった」という言葉。それが、彼らの3年間の答えだった。

しんみりとした空気を吹き飛ばしたのは、彼ら自身の明るさだった。

正智深谷の選手たち 正智深谷の選手たち
「楽しかったぞ!楽しかったよ!」

涙を拭い、笑顔で叫ぶ選手たち。

「新人戦の頃は負けていた」 という彼らが、最後に見せた結束。 勝利には届かなかった。だが、強豪・福岡第一を相手に貫いた「走るバスケ」と、最後に咲かせた笑顔は、後輩たちへと確かに受け継がれた。

冬の東京体育館を駆け抜けた彼らの足音は、これからも正智深谷の新たな歴史として、力強く響き続けるはずだ。

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