大学のランニングサークル出身という異色の選手が、東京2025世界陸上女子マラソンに出場する。小林香菜(24、大塚製薬)は今年1月の大阪国際女子マラソンに出場し、2時間21分19秒で日本人トップの2位。実業団1年目の選手が残り1kmで、パリ五輪6位入賞の鈴木優花(25、第一生命グループ)を逆転し、世界陸上代表入りを決めた。7月中旬に小林を取材し、成長過程や練習に対する取り組みには、サークル出身選手ならではのエピソードや考え方が満載の内容だった。控えめな目標設定をしているが、大阪国際女子マラソンがそうだったように、上振れする結果も期待できる。

「代表になった状況を完全に理解し切れていません」

Q.代表が決まって4カ月経ちましたが、日本代表ということを受け止められるようになりましたか。
小林:受け止めてはいますが、この状況を完全に理解し切れていません。代表の意味を深く理解してしまったら、逆にプレッシャーを感じてしまうと思うので、今ぐらいがちょうどいいと思っています。

Q.周囲の反応はどうでしたか。
小林:両親はもう驚いていました。心配しているのかもしれませんけど、調子はどう? 
とか聞いてきます。高校時代はまともに走れていなかったので、高校の友人たちには“まだ走っていたの?”という反応がありました。学生時代に所属していた早大の、ホノルルマラソン完走会の仲間も驚いてもくれましたが、当時から変わり者だと思われていたので(笑)家族や高校の友だちとは反応が少し違いましたね。

Q.実業団に入って本格的なマラソン練習は2度目になります。大阪国際女子マラソン前より我慢ができたりしていますか?
小林:いえ。やっぱりキツいです。一度経験しているので、ああいう練習かってイメージはできますが、慣れるものではないですね。

Q:そのキツさも楽しめていたりするのですか?
小林:いえ。ジョグは好きなんですが、ポイント練習(週に2、3回行う強度の高い練習)は楽しめないですね。タイムを取られる練習は、(実業団2年目でも)まだ慣れません。すぐ横に監督とコーチがいて、私1人に対してスタッフ2人という状況は、ちょっとだけプレッシャーも感じます。嫌じゃないですよ。私が練習を上手く走れるように考えてくれていることには、本当に感謝しています。ただ、このポイント練習ができなかったらどうしよう、と考えてしまうんです。学生までは1人で好きに走ってきた身なので。

Q.トップ選手にメンタルが追いついていない、と大阪国際女子マラソンのときに話していました。それから半年経ちましたが?
小林:追いつかないです。松田瑞生(ダイハツ)さんや前田穂南(天満屋)さんのようにはなれません。松田さんは明るい人だなって感じていて。走れない時期や、悩んでいることもあると思いますが、それを周りに見せずひたむきに走られています。前田さんは時々合宿地が一緒になるのですが、いつも地道に走られています。日本記録を持っているほど速いのに、現状に満足しないで努力されているところがすごいと思います。

高校、大学時代の練習内容

Q.陸上競技を始めた経緯は?
小林:中学は水泳部でしたが、私の中学は運動部全員が期間限定で駅伝練習に参加することになっていたんです。運動音痴で他の運動はまったくダメでしたが、長距離を走るのだけはちょっと好きになって。2年の駅伝を走って、冬に陸上競技部に入りました。中学3年でジュニアオリンピック(秋に開催される全国大会)で10位になったんですが、元々運動音痴と思っていたので、陸上競技ではやっていけないと見切りをつけちゃいました。高校は強豪校には進まないことにしました。

2016年10月30日 ジュニアオリンピック

Q.高校で活躍できなかったのは?
小林:高校1年の夏に、自転車に乗っていて交通事故に遭いました。自分の不注意からなんですが。2年の夏にも急いで電車に乗ろうと、階段を飛び降りて足首をひねってしまいました。どちらも歩けないレベルのケガで、まともに走るまで時間がかかってしまいましたね。2年の後半から少しずつ戻って、3年の埼玉県高校駅伝が1区で区間6位でした。それが高校時代の最高成績です。

Q.高校では練習のタイムを顧問やマネジャーがとってくれなかった?
小林:先生自身もランナーで練習をされていたので、マネジャーがタイムを取ったり、自分で取ったりしていました。自主性を重んじる高校で、部活動もそういう雰囲気で、練習メニューも自分たちで立てていましたね。

Q.大学ではランニングサークル。どんな練習をしていたのでしょう?
小林:朝に1時間くらい走って、授業から帰って夕方また1時間くらいです。たまにポイント練習をする時は朝、競技場に行って行っていました。大学3、4年の頃はほぼ毎日練習して、休みは週に1日くらいでしたね。大学2年の終わり頃はサークルの先輩と練習していましたが、2学年上の方だったので、その方が就職されてからはだいたい1人です。住んでいたアパートから皇居まで7kmくらい、代々木公園まで5~6kmだったので、長い距離を走る時は皇居か代々木公園をぐるぐる走っていました。ポイント練習は5kmくらいの距離にあった競技場へ、荷物を自転車で運んで行っていました。

Qどのくらいの距離を走っていたことになるのでしょう
小林:短い日で1時間。月間距離は計算していませんでしたが、感覚的には500~600kmくらいですかね。今日走るのどうしようか、と迷う日もありましたが、走り始めれば3kmくらいで乗ってくるので、毎日結構楽しく走っていました。市民レースにちょこちょこ出ていましたし、実業団入りを目指すようになった3年生以降は、トラックのタイムも目標でした。

実業団チーム入りを決意した理由は“心残り”

Q.実業団入りを決意した経緯は?
小林:陸上に心残りがあったので、3年の夏くらいからうっすらと実業団入りの道も考え始めました。いくつかの実業団チームにアプローチしましたが、トラックのタイムが遅いことと陸上部に入っていないことで、なかなか難しい現実も見えてきて、公務員になるための勉強もしていました。しかし大阪国際女子マラソン(23年1月)に出場して、ハーフまで第2集団で走ることができたことが楽しくて、マラソンを本気で突き詰めたくなって、実業団入り1本に切り換えました。


Q.心残りとは
小林:中学の成績で見切りを付けちゃったんですが、中学の時一緒に走っていた選手がインターハイや高校駅伝で活躍している姿を見て、自分もやればよかったな、と思ったりしていました。早大入学時も一度は体育会の競走部に入ることを考えたのですが、早大の競走部は厳しいイメージがあって、自分にはできないと諦めてしまいました。そういうところの心残りです。

Q.大学4年時には大塚製薬への入部が決まっていました。
小林:10月のMGCは東京に住んでいたこともあって、サークルの友だちと一緒に沿道から応援しました。私からすれば出ている皆さん強い選手ばかりなのに、その中で2人しか代表の座を取れない。本当に厳しい世界だという思いを持ちましたし、4年後、この舞台を自分も走れるのかな、と考えながら応援していました。

Q.大学4年時のホノルルマラソンはサークルの最終目標なのに、1カ月後の大阪国際女子マラソン(2時間29分44秒の学生歴代3位相当で12位)を優先して出場しませんでした。
小林:走りたかったですね。ホノルルはエントリーフィーも払っていて、学生にとっては結構痛かったです(笑)。大阪国際女子マラソンのネクストヒロイン枠に選んでいただいていたので、ホノルルを走って大阪が全然走れなかったら恥ずかしいですし、申し訳ないと思って。

長時間のトレーニングを行う理由

Q.入社後、故障がほとんどない、ということも聞いています。
小林:ちょっとした痛みは出ますが、すぐにケアをしてもらえますし、治療してもらえる環境があります。あとは食事だと思います。栄養バランスをしっかり考えてくれている食事を、毎日食べられます。

Q.フォームも変わりましたか?
小林:自分の意識で変えている部分はありませんが、動画を見たりすると、股関節が回るようになってきたのかな、と感じる時はあります。股関節が骨盤から動くようなイメージです。大塚製薬は全員、初動負荷トレーニングⓇを行っていますが、私も股関節や肩周りの可動域が少しは広がるようになってきたかな、と思いつつも、もう少し長くやらないと大きな違いにはならないんだろうな、と思っています。

Q.走り以外のトレーニングも、かなり長時間行うと聞いていますが
小林:会社の中にジムがあって、一度寮に帰ってもやることがないので、お昼ご飯を社食で食べたらそのままジムに行ったりするからかもしれません。あとは、自分はやると決めたらやらないと気が済まない性格なんです。ジムでやる初動負荷トレーニングⓇもそうですし、寮でハードルドリルもよくやります。チームでやることもありますが、大半は自分でこれだけやる、と決めて取り組んでいます。

Q.大阪国際女子マラソン前の練習で、30kmの変化走を苦しんだメニュー、頑張ったメニューとして挙げていました。東京世界陸上に向けても行いますか
小林:東御と横手山(ともに高地トレーニング場所)で2回か3回、あるいは4回やると思いますが、大阪の前とは場所も違いますし、夏なのでタイムは落ちると思います。世界大会を走られた先輩方からも、夏のマラソン練習は、冬と同じものを目指してはいけないと聞いています。

Q.世界陸上の目標は
小林:8位に入れたら(ロサンゼルス五輪選考会の)27年MGC出場権も取れるので、とっても嬉しいと思うのですが、絶対に8位に入るぞ、とは考えられません。代表になっただけで、自分の中ではとんでもないことなので、無事に走れればいいなと。選んでいただいて弱気なことは言ったらいけないのかもしれませんが、自分らしく走れたらそれでいいのかなと思っています。

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