
スマートフォンや電気自動車(EV)に欠かせないリチウムイオン電池。その材料である重要鉱物のサプライチェーン(供給網)の「囲い込み」が活発化している。自国や友好国の供給網を拡充し、圧倒的なシェアを誇る中国に依存するリスクを低減させる経済安全保障の一環だ。しかし、鉱山開発を巡っては、環境面や採算面での不安が出ている。欧州とアジアで、経済安保という「大義」に揺れる現場を歩いた。
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ポルトガル北部の山あいにあるコバシュドバローゾ。約190人が暮らす小村は、伝統的な農牧と文化、風景が評価され、2018年に国連食糧農業機関(FAO)によって世界農業遺産に指定されたバローゾ地方の一角にある。
リチウム採掘で「農牧生活壊される」
だが、静かな農村は今、経済安保の荒波にもまれようとしている。
7月上旬に訪れると、ポスターやドアに書かれた「鉱山にノー、生活にイエス」という標語が目についた。昔ながらの畜産・農業を営む住民の大半が反対しているのは、希少金属(レアメタル)リチウムの採掘計画だ。
「ここは特別な場所。我々は、農業や畜産による昔ながらの生活を楽しんできた。採掘が始まれば、それが破壊されかねない」
午前の畑仕事を終え、村で唯一のカフェに訪れたアイダ・フェルナンデスさん(47)はこう語った。

リチウム採掘計画は、村に隣接する山林で進む。英国の鉱物資源開発会社「サバンナ・リソーシズ」は17年から、事業の可能性を探るための試験採掘を続けている。最終的には約600ヘクタールの山林の4カ所で、深さ数百メートルの穴を掘る計画だ。
EV転換に有用と熱視線
計画には、ポルトガルも加盟する欧州連合(EU)が熱視線を送っている。
EUは、熱波や洪水の頻発など深刻化する気候変動への対策の一環として、ガソリン車から走行時に二酸化炭素を出さないEVへの転換を目指している。そのバッテリーや蓄電池にはリチウムが欠かせない。
しかし、EUはバッテリー生産などに使われるリチウムの加工品のほぼ全量をチリ(72%)や中国(12%)などからの輸入に依存。供給網の混乱や他国の輸出規制によって、供給が止まるリスクを抱えている。

そこでEUは24年5月、リチウムを含む重要鉱物の加工品について、年間消費量のうち域内で生産する割合を30年までに40%超に引き上げる取り組みを始めた。
EUの行政執行機関である欧州委員会は25年3月、47の採掘や加工施設整備の計画を重要プロジェクトに指定し、事業承認の簡素化などで支援している。
「誰かの犠牲で成り立つ大義」に疑問
コバシュドバローゾで進められている「バローゾ・リチウム・プロジェクト」もその一つだ。サバンナ社によると、鉱山が稼働すれば、年間50万台のEV用電池を賄えるだけのリチウムを確保できる。加工施設も整備すれば、自給率向上につなげられる。間接的にEV普及を促進し、気候変動対策にも貢献できる。
ただ、リチウムの採掘は大量の水を使い、環境への負担が大きい。昔ながらの農牧生活が一変しかねないという懸念は消えない。欧州でのリチウム採掘では、フランスやセルビアでも地元住民が反発している。
供給網や気候変動のリスクを低減しようとする試みが、環境や伝統を破壊しかねない別のリスクを生むジレンマ。「誰かの犠牲の上に成り立つなら、それは解決策とは言えないのではないか」。フェルナンデスさんは欧州が掲げる「大義」に疑問を投げかけた。【コバシュドバローゾで岡大介】
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