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屋上の干し場。革の種類によって、天日干しと陰干しを分ける。すべて手作業=奈良県宇陀市の奈良産業

 奈良県宇陀市の菟田野(うたの)地区は、明治時代から続く「毛皮革(もうひかく)のまち」として知られています。特に1300年以上の歴史がある鹿革は、全国シェアの9割以上を占めます。皮のなめし加工業者が集積する工場団地に「奈良産業」はあります。

なめし作業を経て「皮」が「革」に

 南浦湧弥さん(38)の案内で工場に入ると、大きなたるのような機械がずらりと並んでいた。

 「冷凍で仕入れた鹿の原皮を水戻ししたり、皮が腐らないよう薬品でなめしたりするドラムです。皮から毛や肉を取り除く機械もあります」と説明する南浦さん。扱う鹿は、輸入と国内が半々だという。ドラムが回る様子を見て、天吾さんは「大きな洗濯機みたい」と表現した。

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仕入れた鹿の原皮を水戻ししたり、薬品を添加したりするドラム=奈良県宇陀市の奈良産業

 皮はなめすと、「レザー(革)」になる。乾燥のための干し場に移ると、約800枚の鹿革がつるされていた。

 「1枚ずつ手で干して、風に通して乾かします」と南浦さん。湿度が高い夏は、カビが生えないよう乾き具合を念入りに確認するという。

軽くて柔らかい鹿革

 なめし加工が施された鹿革は、表面を研磨しアイロンで仕上げをする。出来上がったのは、主力商品の「白革」だ。

 生地を触った天吾さんは「もっちりして、めっちゃ気持ちいい」。白革は、弓道の弓懸(ゆがけ)や剣道の籠手(こて)など、武道具の素材に使われている。

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白革の手触りに感嘆の声をあげる桂天吾さん(左)=奈良県宇陀市の奈良産業

 鹿革の特徴について「軽くて柔らかい。さらに、吸水性が良くて丈夫」と南浦さん。職人ごとに薬品の量やドラムを回す時間、乾燥などにちょっとした違いがあるという。

 「工程は同じでもその人らしい革ができる。そこが奥深い」と語る南浦さんに、天吾さんも「落語もそうです。同じ演目でも、はなし家によって違います」と共感した。

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 奈良産業では、鹿革を鱈(たら)の油でさらになめした「純鹿セーム革」も手がける。この革はメガネやカメラのレンズ、時計などを手入れするクロスになる。細かい繊維が複雑に絡んでいるので、小さなほこりを絡め取って磨き上げてくれるという。

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できあがった鹿革たち。原皮からなめし、染めまで一貫して自社で行う。「思い通りの色を一発でつくれて染まった時は快感です」(南浦さん)=奈良県宇陀市の奈良産業

認知度拡大に試行錯誤

 南浦さんは5年前、商社から祖父が創業した奈良産業に転職した。「母親から『戻ってきて』と言われたんです。元々家業を継ぐつもりでしたが、前の仕事もやりがいがあったので悩みました」

 決断にあたっては、「死ぬ時に『やっておけば良かった』と後悔するのはどっちかと考えた」と振り返る。南浦さんの決断を妻のこころさんも後押しした。

 鹿革の歴史は古く、奈良市の正倉院には1300年以上前の革が残されている。様々な製品に使われている一方、「展示会や催事で『初めて見た』という声を結構聞きます」。鹿革の認知度が高まっていないと感じているという。

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皮のなめし加工業者が集積する工場団地にある奈良産業=奈良県宇陀市

 南浦さんは新たに、靴の会社と共同で生地に純鹿セーム革を使ったビーチサンダルを試作した。「伝統を絶やしたらあかんと思っています」と次世代につなぐために商品開発の幅も広げている。

 次世代への浸透は落語家の天吾さんも感じる課題だ。南浦さんの話を聞きながら「それが一番大変ですよね」とうなずいた。

 南浦さんは言う。「革をつくっていく技術は奥が深い。そこを追求しながら、よりたくさんの人に鹿革を使っていただけるよう発信していきたいです」

職人のプロフィール

 みなみうら・ゆうや 1987年奈良県生まれ。大学卒業後、祖父が始めた奈良産業に1年勤めた後、9年半商社で勤務。2020年に戻り、現在は工場長を務める。

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鹿革職人の南浦湧弥さん

連載「桂天吾がゆく 伝統を受け継ぐ職人たち」

伝統文化の担い手が減るなか、その道に飛び込み、継承しようという若手職人たちがいます。関西で注目の落語家・桂天吾さんが現場をたずね、その思いを紹介します。

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