「ほぼ日手帳アプリ」を見せるほぼ日の糸井重里会長
「ほぼ日手帳」を作るほぼ日が10月、初めての手帳アプリをリリースした。スマホ時代に紙の手帳に書く楽しみを提案し、世界でファンを獲得したほぼ日。あえて開発したデジタル版では、スペックよりも遊び心とゲーム性にこだわった。

太陽がオレたちを照らす今このとき 月はどこかで誰かを抱きしめてる――。「ほぼ日手帳アプリ」を開くと、ちょっとけだるそうな表情でギターを抱えた犬のキャラクターが現れ、こんなセリフが吹き出しに出てきた。

1日ごとにタブが分かれている。ある日のページを開くと、その日に自分がスマホで撮った写真が時系列に並ぶ。画面をスクロールすると、移動経路を記録した地図や、歩数、その日にいた場所の天気まで分かる。その日の思い出を自分で入力できるメモ欄もある。

「ほぼ日手帳アプリ」の画面と「ほぼ日手帳」のマス目に合わせて印刷した写真

スマホ内に初期設定で入っているカメラや気象情報、位置情報などの情報を連携して自動で表示する。アプリは無料。月550円の有料プランに登録すると、アプリ内の写真を「ほぼ日手帳」のカレンダーのマス目に合ったサイズで印刷するなど追加の機能が使える。

構想から公開まで3年がかり。開発会議には、糸井重里会長も度々参加してきた。2001年発売の「ほぼ日手帳」は「1日1ページ」仕様で人気を集め、今や手帳界では定番だ。知り合いからは「アプリもやったら?」と言われていたという糸井さん。それでも「まだ手帳でやれることがいっぱいあったので、取り組んでいなかったんです」

25年8月期は国内外で96万部を売り上げた「ほぼ日手帳」

だが次第に、手帳の利用者からも「アプリがあったらいいのに」という声が上がり始めたという。社内にエンジニアなどを集めた「サイエンス・マジック部」を作り、アプリを内製できる体制を整えた。

「紙の手帳にまめに書く習慣が続かない人にも、毎日の思い出を形に残したいという思いがあるはず。どうすればそういった人たちが記録を残せるかを考えていきました」と、清木昌・最高技術責任者(CTO)は振り返る。

既存のスケジュール管理アプリや日記アプリはあえて研究せず、手帳の哲学である「『1日1ページ』をどうデジタル化するか、から考え始めました」。開発のプロジェクトリーダーを務めた藤野敦子さんはこう明かす。

ヒントになったのが、歩数から移動経路までユーザーのあらゆる行動を自動で記録しているスマホの特性だ。「持って歩いているだけで、スマホにはいろんな情報がたまっている。それをまとめているだけで、一日一日が残っていくのではないかと思ったんです」(清木さん)

ユーザーが1日の間に撮った写真から1枚を選ぶと、その日のページの一番上に大きく表示される。アプリには、記録を他の人に共有する機能はない。あくまで自分で見返すために残す「1日1枚」のアルバムだ。

「これは『映え』を超えた」と糸井さん。「映えは、人に見せるためのもの。でもこれは自分と対話するための写真。『ポスト映え』だね」と笑う。自身は美術館の入場券を記録代わりに写真に残すことが多いという。

「ほぼ日手帳アプリ」の開発メンバー

アプリは実用性が命だが、糸井さんは「スペックの競争からは抜け出したいと思ってた」という。むしろ意識したのは「ゲームっぽさ」。1989年にロールプレイングゲーム「MOTHER(マザー)」を手がけた糸井さんらしい発想だ。

その遊び心を体現するのが「センパイ」だ。アプリを開くたび画面下から顔をのぞかせるキャラクターで、ユーザーの記録にコメントする。曇りの日には「くんくん、雨のにおいがするぞ」と心憎い一言も飛び出す。

センパイは、頭に猫を乗せた犬の「ワンタとニャーコ」、カエルの「エルカ」、そして白いヒゲが特徴の「王ちゃま」。どこか「抜けた」セリフには「人工知能(AI)にはできないとんちんかんさを残したんです」(糸井さん)。

セリフを考案したのは、アニメ「ポケットモンスター」の主題歌やゲーム「ゼルダの伝説」のシナリオを手掛けてきたライターの戸田昭吾さん。数千のセリフから、写真やメモの内容に合った文章が表示されるようプログラムされている。

リリースしたものの「もっとやりたいことがいっぱいあります」と糸井さん。例えばアプリを開くたび、「おまけ」というポイントがたまる。これを何に替えられるようにするのか、まだ検討中だという。

米ニューヨーク在住のラケルさんが使っている「ほぼ日手帳」

年内には英語版のリリースも目指す。米ニューヨークに住む「ほぼ日手帳」ユーザーのラケルさんは、それを心待ちにする一人だ。

毎日、手帳に「その日に食べたもの、買ったもの、なんでも記録するんです」とラケルさん。ただ、忙しい時には数日分の日記をまとめて書くこともある。「アプリに記録があれば、後から手帳に日記をつける時に思い出しやすくなって便利だと思います」

米国ではこの数年、ジャーナリングのために「ほぼ日手帳」を使う人が増えている。ジャーナリングとは、頭に浮かんだことを思うまま、日記のようにつづることだ。「セルフケアの一つ。手書きはスマホに文章を打つよりもゆっくりなので、心が落ち着きます」。こう話すのは、「ほぼ日手帳」使用歴7〜8年というパトリシアさんだ。

米ピッツバーグで弁理士として働くパトリシアさんは、仕事のスケジュール管理、ジャーナリング用、さらには愛猫の生活記録用と、何冊もの「ほぼ日手帳」を同時に使い分ける。

レターサイズほどと大きめが多い米国メーカーのスケジュール帳と違い、「ほぼ日手帳」のハンドバッグにも入る小ささとなめらかな書き心地の紙質にひかれたという。

「ほぼ日手帳」の海外売上高は2025年8月期に30億円と、この3年で2倍に。100以上の国と地域で販売され、同期は国内外で計96万部を売り上げた。アプリも既にダウンロード数が20万を超えている。

「世界で『手帳といえばほぼ日』に近づいてきました。アプリでも『スマホで日々の記録をつけるならほぼ日』と言ってもらえるようにしたいですね」(藤野さん)。効率重視のデジタル社会に、ほぼ日のDNAともいえる遊び心で挑む。

(三原黎香)

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。