「鶏(ケイ)ちゃん」と言えば、一口サイズの鶏肉をタレで味付けした岐阜県の郷土料理として知られる。カット済み味付け肉「萩屋(はぎや)ケイちゃん」の販路を全国に拡大し、人気の立役者となったのが岐阜県下呂市の食品加工メーカー・萩原チキンセンターだ。従業員のルーティンワークを見直して業務の効率化を図り、営業力アップが会社の成長につながった。
「スーパーブラックな会社でした」。かつての社内の仕事ぶりを、日下部譲社長(57)はそう振り返る。食料品店などを取引先とし、早朝の納品から夜遅くまで働く。営業担当者は店の御用聞きのほか商品のトラックへの積み込み・運転、片付け、伝票処理などを全て一人でこなした。さらに「午後5時に夕食用の出前を取り、午後6時から10時まで会議を続けるような毎日。休みもほとんどありませんでした」
創業は1962年。創業家の女婿として93年に入社した日下部さんには、仕事ぶりに加え、会社の将来に不安を感じる点もあった。
当時の取引先は、地元の八百屋が中心。後継者が見当たらず、遠からず廃業が予想される店が多かったが、営業担当者らは新規販路の開拓に目を向けず、これまで通りの取引にこだわっていた。
「このままでは駄目だ。なんとか自社の強みを生かしたい」
そんな思いを抱いた日下部さんが「強み」と考えたのが、古くから岐阜県内で愛されてきた鶏ちゃんだった。愛知県出身の日下部さんは鶏ちゃんを知らず、結婚前に初めて食べると「衝撃のうまさだった」。売り上げのうち鶏ちゃん用食材が占める割合は2割程度だったが、社内の反対を押し切り、自ら名古屋など都市部への販路拡大に乗り出した。
ただし遠方への販路拡大の際、営業担当者が一人でなんでもこなそうとすると、仕事はますます「スーパーブラック」に陥る。車で会社を出発し岐阜県内の中津川、多治見、各務原などの店を回って愛知県内へ。約20店に顔を出すと、運転時間は計約7時間に及ぶが、1店当たりの滞在時間は5分程度。商談に割く時間が十分に取れなかった。
そこで日下部さんが取り組んだのが、営業担当者の業務の切り分けだ。商品の運搬は運送業者に委託し、手書きで作成していた伝票は、事務の従業員と協力してコンピューター端末で処理する自社システムを整えた。商談に集中できるようになると、都市部の店舗で売り上げが伸びた。実績を踏まえ、日下部さんは2007年に社長に就任した。
社長就任後は、名古屋などの取引店のフォロー役として、都市部に在住しながら店舗回りを専門に行う「ラウンダー」職を導入。一日に数店の従業員と接して売れ筋の把握や販促活動などを担う店舗回りは、午前10時~午後3時ごろが訪問の最適時間とされる。子どもが学校に行っている間の女性にも働きやすい時間帯で、「ラウンダー」として2人を募集したところ、30~40代の女性を中心に67人もの応募があった。
こうした取り組みで営業担当者が下呂から遠方へ頻繁に出かける必要はなくなり、休みも取りやすくなった。近年の営業活動は、小売業界向け商品展示会への出展などを通じた顧客開拓が仕事の中心になっている。
業務の効率化と働きやすい職場の実現で、売上高は2000年代当初から倍増し、24年度は5億2500万円に。「萩屋ケイちゃん」の販売実績は約16倍に増え、今や売上高全体の8割を占める。日下部さんは「海外を含め、鶏ちゃんの人気をさらに広めたい」と話す。27年度の売上高7億円が当面の目標だ。【安達一正】
萩原チキンセンター
従業員は約45人。生産部門でも仕事内容を改善し、これまでは肉を切る、タレを混ぜるなどの工程ごとに専門の担当者が作業していたが、従業員がローテーションで各工程を順次担当することにした。休みが取りやすくなり、働き方に配慮する企業の優良事例として、岐阜県のホームページ内でも紹介されている。
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