金融サービス企業の多くが生成AI(人工知能)に取り組んでおり、特に米マイクロソフトと米オープンAIのサービスが広く浸透している
日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週1回掲載しています。

生成AI導入の取り組みは2年分の企業戦略を形作る。AIエージェントがユーザーの代わりに商品を検索、購入する「エージェントコマース」の登場から、カスタマーサービスの対話AIまで、競争環境の重要な優先事項が明らかになっている。

CBインサイツのデータに基づき、銀行、保険、決済分野の69社から生成AIの100の活用事例を分析した。

金融サービスと保険会社が生成AIを導入している分野。出所:CBインサイツ

ポイント

1. 機能横断型プラットフォームは今や必須

アプリケーションの24%は汎用生成AIプラットフォームの従業員への導入

スペインの銀行BBVAのような大手企業は、組織全体に生成AI機能を確立させている(主に米マイクロソフトの対話AI「Copilot(コパイロット)」や米オープンAIの対話AI「Chat(チャット)GPT」のようなプラットフォームを組織全体で展開している)。2024年5月に従業員の87%がオープンAIの技術を使っていると明らかにしたスウェーデンのフィンテック決済大手クラーナのようにいち早く導入した企業は、生成AIの大規模運用経験が今や1年以上に及んでおり、将来的にはより複雑な用途の開発をリードできるだろう。

従業員に生成AIへのアクセスを提供する計画がない金融サービス企業は、競争上不利な状態に陥るリスクがある。従業員への生成AI機能の提供はこの2年で、最先端のイノベーション(技術革新)から標準的なオペレーションとなっている。

2. マイクロソフトとオープンAIが浸透

分析対象のアプリケーションの33%にマイクロソフトかオープンAIが関与

マイクロソフトと(同社から巨額の出資を受けている)オープンAIは、分析対象の生成AIアプリケーションの圧倒的多数を手掛けている。こうしたアプリケーションの多くは、組織がより複雑なアプリケーションやエージェントを開発する基盤機能を支えている。米アンソロピック(Anthropic)、米アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)、米グーグル・クラウドも、複数の金融サービス企業で同様の展開パターンをとっている。

金融サービス企業は今後、「開発、購入、提携」の判断がさらに曖昧になる状況に備えるべきだ。生成AIモデル開発企業(オープンAIやアンソロピック)と巨大テック(マイクロソフトやグーグル)の提携が広がり、金融サービス各社は特定の課題に対処するソフトウエアやサービスを提供する企業を相手にするよりも、自社のシステムを柔軟にカスタマイズできるようになる。

3. 新興の生成AIベンダーは激しい競争に直面

分析対象の生成AIスタートアップのモザイクスコア(未上場企業の健全性と成長力を測るCBインサイツの独自スコア)の中央値は、全体の上位3%

分析対象の100の生成AIアプリケーションには、請求書回収エージェントを手掛ける仏ツイン(Twin)のようなプレシード企業から、アンソロピックのようなレイトステージ(後期)企業まで、スタートアップ25社がテックベンダーとして携わっている。25社のモザイクスコアの中央値(7月30日時点)は732点(1000点満点)だった。

金融サービス企業は今後、生成AI製品を手掛ける有能なテックベンダーの増加に備える必要がある。また、これらのベンダーは、顧客企業が社内でシステムを構築するという選択肢に対して明白なメリットを示さなくてはならない。

4. 顧客向け生成AIが普及

アプリケーションの16%は顧客エンゲージメントとセルフサービス機能

オランダの金融大手INGグループ、米ウェルズ・ファーゴ、米トゥルイスト・ファイナンシャルなどは、顧客向け生成AIアシスタントによって顧客と数百万件のやりとりが可能なことを示している。マスターカード、米ビザ、米ペイパルなどの決済大手が「エージェントコマース」を軸にしたアプリケーションを投入すれば、顧客向け生成AIの導入は加速するだろう。

金融サービス企業は今後、AIエージェントを活用した顧客対応について戦略を立てる必要がある。法人向けエージェントや対話AIの市場機会は拡大しつつあり、顧客向けアプリケーションも急速に台頭するだろう。

5. 影響は既に顕在化しているが、成功の定義はなお曖昧

導入の定量的な影響を明示しているアプリケーションはわずか30%

分析対象のアプリケーションの大半は具体的な影響(数値や割合、効果を定量化した数字など)を明示していない。利用可能な指標のうち、最も多く引き合いに出されているのはコールセンターの平均処理時間などオペレーション面だ。

金融サービス企業は今後、業界全体で「生成AIの良い導入」について定義する機会がある。成功の明確な定義がないことは、同業他社に差をつける機会があるという意味になる。

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