

今なお「全国転勤」のイメージが強い保険業界。生命保険や損害保険の各社は「同意なき転勤」をなくす方針を打ち出したり、勤務地域を限定する制度を採り入れたりして、学生の多様なニーズに対応しようと汗をかく。それでも地域に根ざした働き方を志向する人たちにとって、保険業界は転勤のイメージから敬遠されてしまうこともあるのが実態だ。
そこで日本生命保険が目を付けたのが、地方銀行や地方のメーカーといった企業の採用選考で最終面接まで進んだ学生たち。地域で活躍したい学生にとっては、生命保険の地域限定職にも魅力を感じてもらえるかもしれない。自社と価値観や風土が似た企業で最終面接まで進んだ学生であれば、自社にもマッチする可能性が高い――。従来の新卒一括採用では接点を持ちにくかった学生に、直接スカウトを送る形で採用選考への応募をオファーするようになった。
毎年700〜800人前後の新卒採用を行う日本生命。2026年卒の採用では、地域限定職を中心に10人ほどの内々定は他社の「最終面接経験者」限定のスカウトサービス経由で出した。同社で採用を担当する市村修平氏は「スカウトを送ると『そういう職種もあるんですね』と興味を持ってもらえることがある。全国転勤だからという理由で金融業界を敬遠していた学生にアプローチできている」と手応えを語る。
起業のきっかけは「就活うつ」
このサービスを提供するのが、20年に設立した岡山大学発のスタートアップABABA(アババ、東京・目黒)だ。きっかけは最高経営責任者(CEO)の久保駿貴氏の友人が志望企業の最終面接に落ち「就活うつ」のような状態になったことだった。「本人はひどく落ち込んでいたが、最終面接まで進んだ人をどこかの企業は絶対に欲しいはず」。選考を通過していったプロセスを、次の選考に生かしてほしいという思いだった。

サービスの仕組みはこうだ。学生はある企業からの最終面接の案内や、合否を知らせるメールなどの画像を提出し、最終面接まで進んだことを証明して会員登録する。提出された画像は人工知能(AI)を用いて、メールアドレスや文面から本物かどうかを判定する。
登録時には他の採用選考の受験実績や、自身の年収や働き方などへの考え方、興味がある業界なども登録する。企業の側も同じように社員のキャリアに関する価値観を登録した上で、希望する業界や勤務地などに基づいて候補となる学生を検索する。企業と学生の価値観の適合度合いが「S」や「A」といったアルファベットで示され、オファーを送るかどうかの参考にできる。

当初はスタートアップの利用が多かったが、近年は大企業の利用も増えている。久保CEOは「一般的な職種では応募が多い大企業でも、理系の採用や専門職の採用では人材が不足したり、急な内定辞退で人が足りなくなったりする場合もある」と話す。金融系の企業が理系人材の採用に活用するなど、比較的ニッチな採用枠を満たしたいというニーズが多いという。ABABAは24年に異例の早さで経団連に入会し、大企業経営者などとのつながりを強めてきたことも顧客拡大に一役買った。
「就活うつ感じた」46%
ABABAはこのほか、企業が採用できなかった学生を他社に推薦してもらう「お祈りエール」というサービスも提供している。「今後のご活躍をお祈り致します」といった文言が入った不採用通知のメールは「お祈りメール」とも呼ばれ、画一的な文面は学生の評判が悪い。そのメールでABABAを通じた「推薦」をすることで、不採用となった学生とも良好な関係を保ってもらう。
同社が25年卒の就活生1277人にアンケートしたところ、「就活うつになった」「就活うつっぽいと感じた」と答えた人は全体の46%に達している。スカウトサービスとお祈りエールを通じて、学生にとって心理的な負担が少ない就活を実現するという青写真を描く。

お祈りエール自体は料金が発生しないが、スカウトサービスの入り口の役割も果たしている。素材メーカーの東レはお祈りエールの活用をきっかけに、26年卒の採用からスカウトサービスも活用し始めた。採用担当の五味隼一氏は「学生の本音ベースの価値観や他社の受験動向などから、当社で働いてもらうイメージがつきやすいような学生にアプローチできる」と話す。22年3月に200社だったABABAのサービスの導入企業数(累計)は、25年7月には2500社を超えた。27年卒の就活生の登録者数(大学3年2月時点)は1万5000人を超え、25年卒の15倍近くになっている。
企業の人材ニーズや学生のキャリア志向が多様化し、年々進む就活の早期化が学生と企業の双方にとっての負担感を重くする。ABABAの急成長は就活市場のこんな現状を映し出していると言えるだろう。従来の新卒採用プロセスの枠組みを壊す企業の商機は広がる一方で、手を打つ企業とそうでない企業の「採用力」の格差は広がっていきそうだ。
(日経ビジネス 松本萌)
[日経ビジネス電子版 2025年7月23日の記事を再構成]
![]() |
日経ビジネス電子版
週刊経済誌「日経ビジネス」と「日経ビジネス電子版」の記事をスマートフォン、タブレット、パソコンでお読みいただけます。日経読者なら割引料金でご利用いただけます。 詳細・お申し込みはこちらhttps://info.nikkei.com/nb/subscription-nk/ |
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。