足立聖氏のツイードの技を世界で販売し、若手を育てる(2025年10月、愛知県一宮市)

愛知県北西部から岐阜県南部にまたがる尾州地域で、毛織物事業者が生活者やアパレルメーカーとの接点を拡大している。期間限定で工場を開放してモノ作りの現場をみてもらったり、産直野菜ならぬ「産直服」を販売したりしてファンを増やし、産業・観光振興につなげる。(「日経グローカル」522号から転載

尾州は英ハダースフィールド、イタリアのビエラにならぶ世界三大毛織物産地のひとつ。糸が布地になるまでの各工程を地域で分業している。ただ、新型コロナウイルス禍でビジネススーツの需要が激減したうえ、高齢を理由とした廃業も相次ぎ、産地内のサプライチェーン(供給網)や雇用を守れるのか、心配する声が出ていた。

意匠性や独自性の高いツイードを企画生産するカナーレジャパン(愛知県一宮市)は、マイスターの足立聖氏の技に触れる催しを立て続けに開いている。10月末に同社工場内で開いた会合にはアパレルメーカーや金融機関などから50人以上が集まった。

足立氏は尾州で60年近く働き、「ツイードの神様」とも呼ばれる。同氏の技にほれ込んだスタイレム瀧定大阪(大阪市)と小塚毛織(一宮市)が共同でカナーレジャパンを設立した。スタイレムは世界の主要産地でテキスタイルを企画生産・販売し、高品質な日本製にも力を注いでいる。資金と人材の両面から技の継承を支援して世界で拡販し、サプライチェーンも守る。

足立氏がデザインしたツイードは、ションヘルと呼ばれる旧式のシャトル織機でつくられる。シャトル織機は国内外で広く使われてきたが、高速生産が可能な新型にとって代わられ、尾州でも約50台しか残っていない。裂いた布を糸の代わりに使うこともでき、工夫次第で創造の幅が広がる。地域で使われなくなった織機を譲り受け活用する。今後も織機を集め増産体制を整える。

「産直服」は大鹿(一宮市)などが仕掛けた。大鹿は2020年春にビジネススーツの製造卸から撤退し、事業をテキスタイル製造卸と自社ブランド服の製造販売に集約した。常設店舗「新見本工場」は21年春、同業の木玉毛織(同市)工場内に新設した。同じ建屋には同業の生産ラインや直販店もあり、工場自体が観光拠点でもある。インフルエンサーを迎えたイベントを開いてきたが、JRの駅から離れており、参加者は「服に詳しい人」に限られていた。

そこで11月には、一宮市などがJR尾張一宮駅前で開催したファッションイベントで来場者と接点を広げた。大鹿を含む地元繊維業に従事する若手グループ「尾州のカレント」が産直服を一堂に集めた店を出した。市観光交流課によると、イベントには家族連れを含め3万7000人が訪れたという。

挑戦の主体は民間で、地元自治体は側面支援に徹する。生産現場を開放する「ひつじサミット尾州」についても尾州ファッションデザインセンター(一宮市)や岐阜県羽島市観光協会は運営負担金を拠出するが、全体を補助するわけではない。

経済産業省によると、尾州での21年の経営形態別従業者数は会社が12年比で2割減り、個人は半減した。「知ってもらう」ことから始めた工夫をいかに雇用創出につなげるか。安価な輸入品との競合に悩む他の繊維産地の動向にも影響しそうだ。(毛利靖子)

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