生成AI(人工知能)は雇用を奪うのか。ともすればセンセーショナルになりがちなこんなテーマを、地に足を着けて考えたい。取材班はこんな意識を共有して取材を進めました。
経営者と、これから働き手となる就職活動をする学生の双方を独自に調査して分かったのは、雇用へのインパクトは日本でも既に表れつつあるという点です。単純な人員削減ではなく、正社員なら配置転換、非正規なら雇い止め、そして新卒採用の抑制が当面予想される具体像です。
もちろんAIは生産性を高めたり、新たな雇用を生んだりすることもできます。ここで重要になるのがリスキリングです。再教育により産業間の労働力シフトが進めば、社会全体に与えるプラスの影響がマイナスを上回るでしょう。ただ、政府の取り組みは十分な成果を生んでいるとは言えず、変化に向けた備えには不安が残ります。
記事にも書いたとおり、個人も企業も政府も、まだまだ知恵を絞る必要があります。私も自分の業務に使えるAIを必死で調べるようになりました。
(ビジネス報道ユニット副グループ長 小倉健太郎)
AIが仕分ける日本の雇用 NTT、34万人の業務「5年後に半分代替」
「日本の労働力って、人間だけが生み出すものなの?」。日本の労働とAIというテーマを取材してみたいと思ったのは、7月末に旧知の経営者から投げかけられた一言がきっかけでした。
ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長が「最終的にプログラミングは我々の社員はやらないと決めている」と話すように、今後は幅広い業務がAIで置き換えられていくでしょう。ただ、AIが人間の雇用を奪うと悲観するのではなく、プラスアルファで何を一緒に生み出せるかと前向きに考えることが重要だと感じるようになりました。
多くの調査や研究で、日本は世界的にみてAIの利用度が低いと指摘されています。なぜあのとき、旧知の経営者は私に問いかけたのか。AIをもっと使わなければ労働力不足の日本に未来はない、というメッセージだったと受け止めています。
(宮嶋梓帆)
NTT島田明社長「AIで業務5割代替」の真意 人手不足の限界突破へ
通信・IT分野を取材するチームのキャップだった3月、インドで島田社長をインタビューしました。そろそろ動くと踏んでいた北米デジタル企業のM&A(合併・買収)について聞くためです。答えは「考え直すことにした」。AIによる業務代替が広がり、人的資源の確保を前提にした意思決定を正しいと思えなくなったという理由でした。
AI活用がM&A方針の転換にもつながったことに衝撃を受けつつ、世界34万人の従業員を抱える巨大企業は当事者としてAI代替にどう向き合うのかを知りたくなりました。取材を通じて見えたのは、足りない労働力を補う仲間としての強い期待でした。
島田社長は新卒や中途の採用を極端に減らすことは否定したものの、海外子会社については含みをもたせました。すでに新卒採用を縮小する企業も出てきています。「AI就職氷河期」という言葉が現実になる可能性はゼロとはいえません。
(宮嶋梓帆)
「AIに奪われない職」就活生も意識 4割が志望変更、1116人調査
早期化する就職活動を取材していたとき、ある女子学生が漏らした「AIに奪われる仕事は選べませんよ」という言葉に驚きました。確かに米国ではAIによる業務代替を見据えた雇用の絞り込みが起きていると報じられていますが、国内でそうした兆しはなかったからです。
1000人以上を調査して明らかになったのは、学生が想像以上にAIと向き合っている事実でした。社会経験のない学生の目線にすぎないと見る向きもあるかもしれません。しかし「父の仕事を見てAIでもっと効率化できそうだと感じた」といった実体験を語った学生もいて、人生をかける選択を前にした真剣な意見だと受け止めました。
少子化により就職戦線はいまや売り手市場になっており、企業が選ぶのではなく、学生からどう選ばれるかという時代です。先輩社会人である我々は、AIに代替されない価値を自分の仕事に見いだし、しっかり伝えていくことが重要だとあらためて感じました。
(松井亮佑)
国主導のリスキリング、3割就職できず 人余り職種に偏る年1200億円
取材では就職率の他にも、国の職業訓練に関する様々な課題提起がありました。例えば給付の前提となる就職の意思について。ある自治体でハローワークを担当する労働局の職員は「就職を目指して真面目に受講した人が結果的に職に就けなくても責任を問うことはできない」と話していました。
就職市場はその時々の雇用情勢や企業業績にも左右されやすく、結果を問わないとする理屈もわかります。ただ、本音では就職をするつもりがない人が趣味で受けても「真面目に受講」していれば排除できない仕組みは改善が必要です。実際SNS上では、国の職業訓練を使ってアロマなどの講座を無料で受講できる利点を紹介する投稿も散見されます。
介護など人手不足分野の職種は動画制作などに比べて不人気なため、就職以前に開講すらできないケースも少なくありません。別の労働局の職員は「こちらも面談や説明会では就職に直結しやすい講座の受講を促している。だが、それでも本人が他の講座を希望すれば強くは言えない」と葛藤を話していました。
(佐藤初姫)
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