東京電力柏崎刈羽原発6号機が21日夜、再稼働した。2011年の福島第1原発事故の翌年12年に停止して以来、14年ぶりに原子炉が起動。この間、再稼働の是非を巡り、県民世論が二分してきた新潟県内では、さまざまな反応があった。
21日午後7時過ぎ。刈羽村の同原発ビジターズハウスには多くの報道陣が詰めかけ、運転員による一連の起動操作の中継を見守った。
「6号機、制御棒の引き抜きを開始しました。1902、原子炉起動しました」――。運転員が「制御棒引き抜きボタン」を押すと、14年ぶりに原子炉が起動した。運転員らは手順に従って、淡々と業務をこなした様子で、その後も制御盤の複数あるモニターを指さし確認するなど2時間程度かかる「臨界」に向けて慎重に業務を進めていた。
18年の初当選以来、再稼働の是非を巡り、県民と国、東電との間に挟まれてきた花角英世知事は21日、原子炉起動に必要な原子力規制委員会による「試験使用承認」が出された後、県庁退庁時に記者団の取材に応じた。
再稼働について「十数年ぶりに(原子炉を)動かすので『慎重に安全第一に』。それに尽きる」と述べた。そのうえで「今日は『入り口』であって起動するだけ。商業運転になるには1カ月くらいかかると思う。まだまだ先はある」と話し、推移を見守る考えを示した。
県は再稼働を前に原発周辺で放射線量を測定するモニタリングポストを追加で設置するなど、監視体制を強化している。
再稼働は当初20日に予定されていたが、制御棒のトラブルがあり、見送られた。県によると、トラブルを受けて、20日に状況確認を実施した県技術委員会の小原徹座長(東京科学大総合研究院教授)は「いったん立ち止まり、迅速かつ組織的に対応したこと、公表を行ったことは評価できる。東電には今回の事案をきちんと教訓にして、再発防止に努めてもらいたい」とコメントしている。
一方、原発の危険性を訴えて再稼働の反対活動を展開してきた市民団体代表の桑原三恵さん(新潟市在住)は、毎日新聞の取材に対し、「今回の原子炉の起動によって東電は危険な道の一歩を踏み出した。私たちの安全に関わることで、強く抗議したい」と訴えた。
また、再稼働を容認した花角氏に対しては「再稼働の判断について『県民の信を問う』という県民への約束を守らなかった。県民の安全よりも原発の危険にさらす役割を果たした」と述べ、改めて憤りを示した。【木下訓明、内藤陽】
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