無添加せっけんの誕生を描いた漫画「飛ばしてごらんシャボン玉」=東京都千代田区で2026年1月20日、嶋田夕子撮影

 シャボン玉石けん(北九州市)は1月、無添加せっけんの販売開始から半世紀の足跡を描いた漫画「飛ばしてごらんシャボン玉」(美健ガイド社・税込み500円)を刊行した。長く右肩上がりの成長を続ける老舗企業にも、苦難の歴史があった。

 シャボン玉石けんは1910年に「森田範次郎商店」として創業。高度経済成長期の60年代に合成洗剤で売り上げを伸ばした後、74年に天然素材の無添加せっけんに切り替え、2025年2月期に売上高が初めて100億円を突破した。漫画では苦難を乗り越えながら、無添加に懸ける思いが描かれている。

 切り替えのきっかけは、国鉄(現JR)から機関車の洗浄用に注文を受けて作った無添加せっけんの試作品だった。当時の森田光徳前社長(故人)が試作品で洗った服を着たところ、長年悩まされていた湿疹が数日で消えた。使っていた自社の合成洗剤の毒性に気づき、「体に悪いとわかった商品を売るわけにはいかない」と販売中止を決断した。

シャボン玉石けんの歩みを描いた漫画「飛ばしてごらんシャボン玉」=美健ガイド社提供

 合成洗剤は水と油を混ぜ合わせて高い洗浄力を生み出す合成界面活性剤や香料、着色料といった化学物質が含まれる。一方、シャボン玉石けんは、大きな釜で原料の天然油脂とカセイソーダを加熱し、かき混ぜながら約1週間かけて反応させ、せっけんのもとを作る。

 ただ、無添加に切り替えた70年代は、大量生産・大量消費の時代。合成洗剤の方が先進的な商品だった。環境や健康への意識は低く、作るのに手間がかかるせっけんは、割高でさっぱり売れなかった。

 せっけん事業1本に絞ってから経営は苦境を極め、8000万円あった月商は78万円に急減。100人いた従業員も次々に社を去り、最も少ない時で5人まで縮小した。

幅広い世代に人気の定番の固形せっけん「シャボン玉浴用」=シャボン玉石けん提供

 それでも87年には自社工場を造り、社名を現在の「シャボン玉石けん」に変更。無添加へのこだわりを持ち続けていると、時代が追いついてくるようになった。

 特に、森田前社長がせっけんの安全性などを説いた「自然流『せっけん』読本」(91年出版)がベストセラーとなり、消費者の共感を集めた。「肌に優しい」と注文が殺到し、発売から18年目の92年に経営は黒字に転換した。

 森田前社長の信念は、息子で現社長の隼人さんや従業員に受け継がれた。釜で仕込んだせっけんのできばえは、舌でなめて確認するといい、安全性には自信を持っている。柔軟剤の香りが体調不良を引き起こすとして社会問題になっている「香害」の啓発活動にも取り組むようになった。

地中で起きる泥炭火災を想定したインドネシアの消火実証実験。シャボン玉石けんと北九州市消防局などが共同開発した「せっけん系消火剤」が使われた=2024年(シャボン玉石けん提供)

 また、07年には地元の北九州市消防局の依頼で開発を進めた「せっけん系消火剤」が完成。従来の合成系消火剤に比べ、環境や人への負荷が少なく、水量は17分の1に抑えられる。九州地方などの消防本部で採用され、海外からも引き合いがあるという。

 洗濯や台所用のせっけんに加え、昨年はペット用を発売するなど商品群を広げている。新型コロナウイルス禍もあって衛生意識が高まり、足元の売れ行きは好調で、新工場の計画も進む。

 漫画の刊行について広報担当者は「前社長と直接働いた経験を持つ従業員が約2割となった今、会社の原点を改めて心に刻んでほしい」と話す。従業員は25年12月時点で191人。今後もせっけんの普及に努めるという。【嶋田夕子】

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