広島県中部の山間部、東広島市豊栄町で酪農を営む「トムミルクファーム」は、計約2000平方メートルの牛舎で約230頭の乳牛を飼育している。1月下旬に記者が牛舎を訪れると、社長の沖正文さん(66)が牛1頭ずつに餌を与えていた。
「円安で餌代や燃料が高くなっている。このまま物価高が続けば、酪農を続けていくことが厳しくなるでしょう」。急激に進む物価高に話題が及ぶと、沖さんは厳しい表情でそう語った。
牧場は1950年に沖さんの祖父が1頭の子牛から始めた。沖さんは80年から携わり、その後3代目として継いだ後は、法人化して設備投資を進めてきた。
酪農家の一日は長い。搾乳は午前6時と午後6時の2回で、1回当たり数時間かけて行う。その合間には、餌やりや寝床の掃除なども欠かせない。この作業を1年365日、一日も休まず6人いる従業員で手分けして行っている。
最近の物価高は酪農の現場も直撃する。沖さんによると、最も影響を受けているのが電気代だ。
牛舎内は、多数の扇風機を動かして風通しを良くし、温度や湿度などを調整する必要がある。さらに乳搾りに専用の機械を使うなど、電気の消費量は多い。以前は多いときでも1カ月で約50万円だったが、3年ほど前に100万円近くまで跳ね上がった。急きょ、電気の消費量が少ない扇風機を導入したが、それでも75万円ほどかかっているという。
さらに、輸入に頼る飼料の高騰も深刻だ。
1日1頭あたり約50キロの餌を食べる。円安が進んで、以前より米国産のトウモロコシや大豆、小麦などの穀類が1キロあたり20円ほど値上がりしており、負担が増している。
沖さんは「餌の穀物を自家栽培しようと思っても、それだけの量を作る土地がないから厳しい」と話す。
トムミルクファームでは、地域の組合に生乳を出荷するだけでなく、自らの店舗で牛乳やジェラートなどの乳製品を販売している。店舗での牛乳の価格は2年前まで900ミリリットルで570円だったが、飼料の高騰などのため630円に値上げせざるをえなかった。
酪農団体でつくる中央酪農会議によると、25年12月時点で生乳の販売を受託している全国の酪農家数は9331戸で、この15年間で半数以下に減少した。円安や原油高による生産コスト増加による経営難で離農ペースが加速しており、同会議は減少が続けば国産の牛乳や乳製品が入手しにくくなる可能性を指摘している。
「このままでは酪農を諦める人がもっと増える。国や行政は酪農家の使命感に甘えているだけで、もう限界だ。農地や山は国の財産。酪農をやりたいと思う人が増えるような施策を考えてほしい」。地域で酪農を支えてきた沖さんの願いだ。【井村陸】
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