
老舗企業の強みは社会の要請に合わせて進化を続けられることだろう。創業120年を超えるTOPPANホールディングスもそのひとつだ。祖業である印刷のテクノロジーを応用し、がん治療や食料問題といった地球規模の社会課題の解決に向けた取り組みを進めている。文字や模様などを正確に複製する技術は、今や細胞の複製に使われるまでに進化した。
3Dで細胞培養 がん治療に革新
埼玉県杉戸町にあるTOPPAN総合研究所。印刷テクノロジーを活用した事業創出に挑む場所で革新的ながん治療の研究が進んでいる。手のひらに乗る小さな容器に96(8×12)の部屋。その中には患者のがんが疑われる微量な組織を採取し、体外で迅速かつ忠実に再現した細胞がある。invivoid(インビボイド)と呼ばれる大阪大学とTOPPANグループが開発した3D細胞培養技術によって複製されたがん細胞だ。それぞれの部屋に性質の異なる抗がん剤を注入し、薬剤の効き目を評価する。
3D細胞とは薄い細胞を何度も積み木のようにコーティングして立体的に組織を作製したもの。抗がん剤は人によって重い副作用を起こすことがあるが、この技術で投与の前に最適な抗がん剤を見つけられる。TOPPANで研究を主導する事業開発本部、北野史朗部長は「今までは(抗がん剤が効くか効かないかの)確率的な治療だったが、オーダーメードで治療する新しい医療となる」と意義を語る。
なぜ印刷技術を源流とするTOPPANが健康・ライフサイエンス事業に乗り出しているのか。細胞の性質は刻々と変化するため、再現性の確保が極めて難しい。しかし印刷で培った複製技術、微細な加工はお手の物だ。インキの「調液・分散」という高度な材料化学などを応用し、人工知能(AI)画像解析を導入することで課題を克服した。
2026年前半に、がん研究会(東京・江東)が先進医療として厚生労働省に申請し、適応開始予定のほか、26年度には米国での臨床検査事業への参入を目指している。大腸がんを手始めに乳がん、肺がんなどへ領域を広げている。

インビボイドは私たちの食卓にも恩恵を与える可能性がある。培養肉への期待だ。TOPPANは阪大、島津製作所、伊藤ハム米久ホールディングスなどと本物の肉に近い食感や構造を再現した培養肉の開発を担う。25年の大阪・関西万博で「お肉は『店で買うもの』から、『家庭で作るもの』へ」をコンセプトに、「未来のキッチン」のイメージを表現した。培養肉はデータやレシピを3Dプリンターに入力すると誕生し、究極の地産地消につながる。培養肉事業は31年以降の収益化を視野に入れる。TOPPANは印刷技術を同源に「医食」の明るい未来を描く。
(客員編集委員 田中陽)
TOPPANホールディングス・大矢諭社長 視野を広げ、既存の枠にとらわれない――

TOPPANは中期経営計画と持続可能な開発目標(SDGs)を連携させて、社員の仕事とSDGsのつながりを明確にしています。事業戦略と人材戦略の一致です。これまでは、社会の成長に合わせて会社も成長してきましたが、より社会課題解決への社員の意識と意志を高めることで、さらなる成長につなげるのです。社員の成長が会社の価値創造につながるストーリーを示していきます。社員が能力を身につけ、担当する事業で価値を創造し、その結果として世の中に貢献していることを「見える化」したいですね。
印刷を源流とするTOPPANがなぜ医療や食の分野という「飛び地」に向かったのか、不思議に思われるかもしれませんね。個別で取り組んでいる課題解決の視野を広げ、既存の枠にとらわれず自ら深く考えていくと、技術を生かす大きなポテンシャルがあることが見えてきます。それは印刷テクノロジーの応用の先にあるもので、新たな価値を生み出す挑戦的な場所です。そこにTOPPANの存在価値があります。
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