

地政学リスクの分析など、経済安全保障に関わる取り組みはどの業界にとっても重要だ。そのための体制構築や人材育成に先駆けて取り組んできた企業の一つが、飲料・食品を手掛けるサントリーホールディングス(HD)だ。
東京や米ワシントンで活動
サントリーHDは2023年1月から、社内に「インテリジェンス推進本部」を設けている。十数人規模の部隊が、東京や米ワシントンで活動中だ。世界情勢など、サプライチェーン(供給網)に関わる情報を収集・分析して経営幹部に提供したり、各部門の担当者と対話して潜在的なリスクを洗い出したりする。
インテリジェンス推進本部に所属する三浦健太郎氏は、任務について「ニュースをただ集めるだけではなく、社内で活用してもらえるように『翻訳』する。そのために事業部門のニーズを把握する必要がある」と説明する。
人材のバックグラウンドは、営業や法務など様々だ。例えば三浦氏は17年にサントリーHD入社後、広報部や内閣府出向を経て同部に所属。これまで外部組織との交流や支援活動などの経験を積んだ。現在も「アンテナを張らないといけないことは非常に多い」と貪欲だ。
発足のきっかけは「ビタミンC」
インテリジェンス推進本部は、サントリーHD会長の新浪剛史氏肝煎りの組織だ。
きっかけは、新浪氏がかつて、健康食品の製造・販売を行うサントリーウエルネスの供給網について話を聞いたこと。同社にとって重要な原材料の一つであるビタミンCは、当時その多くを中国からの供給に依存していた。

依存状態から脱却すべく、フレンドショアリング(友好国との供給網)も考えた。しかしそう転換をしようにも、巨額のコストがかかってしまう。さらに他の原材料もつぶさに調べてみると、ビタミンC以外でも米中関係の影響を大きく受ける可能性が高いことが分かった。
「もっと真剣に、サプライチェーンや地政学リスクを分析しなければならない」。新浪氏のその決意のもと、本部が発足。豊富な知見を求め、北米三菱商事でシニアバイスプレジデント、ワシントン事務所長を務めた経験を持つ江口豪氏(現サントリーHD執行役員)をインテリジェンス推進本部長として迎え入れた。
新浪氏はこうした体制を整える一方で、自身も海外を飛び回りながら、世界の地政学・地経学動向に目を凝らし、耳を傾けた。一朝一夕ならずじわりと強化してきた取り組みは、やがて意思決定に大きな影響を与えるようになる。顕著だったのは、24年の米大統領選だ。
米大統領選前から関税対策
サントリーHDは今や海外売上高が過半を占める。米国の関税政策は、サプライチェーンの戦略に大きな影響を与えるものだ。
そこで24年の米大統領選前から、ワシントンにいる社員などを通じて情報を手繰った。トランプ氏、カマラ・ハリス氏両候補の演説を分析した。感じられたのは、トランプ氏が政策を激しく語り、それに沸く演説会場の熱量だった。「トランプ氏は米国の課題をはっきり把握している。きっと当選する」。新浪氏はそう確信したという。「そうなれば、きっと関税がかけられるだろう」。
そして打った手は、国境を越えた在庫調整だ。例えば、14年に米蒸留酒大手のビーム(現サントリーグローバルスピリッツ)を買収し、提供してきた米国産ウイスキーであるバーボン。米国から、欧州など世界各地へ輸出していたため、関税の混乱があれば打撃は必至だ。そこで、リスクを最小限にすべく大統領選前からあらかじめ輸出量を増やし、現地の在庫を多く確保したという。
新浪氏は、こうしたリスクに対し「手を打っておかないと、後にコストがさらに大きく膨らむ」と説く。シナリオを描き早く対策することが、安定供給の鍵を握る。
官民連携も進む
とはいえ、新浪氏自身も認める通り「インテリジェンスにはコストがかかる」。企業がそれぞれ担うのは簡単ではない。
そうした中、行政もインテリジェンスの強化や官民連携に注力している。例えば経産省と国家安全保障局(NSS)は、官民連携を促進する組織「経済安全保障センター」の立ち上げを目指している。25年6月には、政府と、経済安保に関わる調査を担う民間シンクタンクなどが対話する会合が始めて開催された。
どんな業界でも、経済安保上のリスクと無縁ではいられない。情報を収集し経営判断に落とし込む仕組みづくりは急務だ。
(日経ビジネス 中西舞子)
[日経ビジネス電子版 2025年7月31日の記事を再構成]
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