ロシア産原油輸入への「2次制裁」
米印関係が悪化した直接のきっかけは、トランプ大統領が8月末、ロシア産原油の購入を続けるインドに対する関税を従来の25%から一気に2倍の50%へ引き上げるよう命じたためだ。ウクライナ侵略を続けるロシアの支援国に対する「2次制裁」を名目としている。
ところが、同じロシア産原油を大量輸入しているとされる中国は対象から外された。インド側は「他にも大口購入者(中国)がいるのに、インドだけが狙い撃ちされた」(ジャイシャンカル・インド外相)と激しく反発し、関税協議ももつれてしまった。米印関係は2年前から「蜜月」とも呼ばれる良好な関係を維持してきただけに、急速な険悪化ぶりが世界を驚かせている。
米印接近を世界に強く印象付けたのは2023年6月、当時のバイデン大統領がインドのモディ首相を国賓としてホワイトハウスに招いたことだ。「同盟国以外の首脳で初めての国賓」という厚遇で迎え、歓迎式典にはインド系米国人や財界人など7000人もの客を招いて熱い期待を盛り上げた。
モディ氏は同年の主要20カ国・地域(G20)首脳会議議長を務め、「グローバル・サウス(新興・途上国)の盟主」と評されていた。同氏を歓待することによって、新興・途上国を重視する米国の姿勢を内外にアピールするとともに、クアッドの結束力を高めることで中国の覇権的行動を強くけん制する狙いがあった。
米印両国は戦闘機用エンジンの共同生産、米国製偵察機の調達、米海軍艦船の寄港などの異例の軍事・安保協力に踏み切ったほか、貿易・通商、宇宙開発の分野でも多くの合意を結んだ。「米印パートナーシップは世界で最も重要な一つ」(バイデン氏)、「米印の戦略的連携に新たな一章が加わった」(モディ氏)と互いに称賛し合い、大きな外交的成功と評価された(※1)。
ノーベル平和賞獲得への野望も
トランプ政権も当初の関係は良好で、今年2月のモディ氏との首脳会談では2国間の貿易総額を5年間で倍増することで合意した。それが唐突に暗転してしまった理由は、ウクライナ問題にかこつけた50%関税だけでなく、ノーベル平和賞受賞にこだわるトランプ氏の野望がからんでいると伝えられている。
今年5月にインド・パキスタン国境のカシミールで両国軍が衝突した際、米国も仲介に動いた結果、停戦合意が成立した。だが、米印のメディアによると、インド側があくまで「停戦はインドの自主的決断」としているにもかかわらず、トランプ氏は「米外交のおかげ」と誇示してやまなかった。
さらに、トランプ氏は6月、モディ氏との電話協議でこの話を持ち出し、「私を平和賞に推薦してほしい」と求めた。モディ氏は「それは違う」と拒否した。以来、両氏の関係は断絶状態にあるとされ、モディ氏側は「関税狙い撃ち」の背景に、推薦拒否の意趣返しがあると受け止めているという(※2)。
日本が引き留め役に
インドは非同盟・中立外交で知られるが、中国と対抗する上でクアッドを通じた安全保障分野での協力を重視してきた。トランプ政権の対応は真逆と言わざるを得ず、米メディアもトランプ関税が「インドを中ロに走らせる恐れがある」(政治紙ポリティコ)と警告している。
モディ氏もこうしたクアッドとの関わりは踏まえているとみられ、天津で開かれた中露主導の上海協力機構(SCO)首脳会議に出席する直前の8月末、訪日して石破茂首相との会談に臨んだ。両首脳は日印の防衛・安全保障やクアッドを通じた協力の意義に加えて、投資や人材交流の促進、経済安全保障、科学技術なども網羅した「共同ビジョン」の策定で合意した。
また、アジアからインド洋経由で中東、アフリカ、欧州を結ぶ広域経済圏構想で日印主導の協力も話し合われた。実現すれば、多くの問題を抱える中国の「一帯一路」よりも優れた選択肢を各国に提供できるだろう。米印関係が危うい中で、日本はインドのクアッド離れや中ロ傾斜を引き留める外交を展開したといえる(※3)。
次の焦点はクアッド首脳会議
インドはロシアとの軍事・エネルギー協力の伝統が長く、兵器の調達でもロシアに依存してきた。しかし、ウクライナ戦争を機に、米欧との安定した軍事協力や兵器調達の多角化に目を向けつつある。とりわけ国境紛争などで中国と対峙するインドにとって、防衛力増強と最新兵器・技術の確保は喫緊の課題と指摘される。
実利を重視するインドが一足飛びに中ロを離れて、西側陣営に加わると考えるのは現実的ではない。それでも、「自由で開かれたインド太平洋」の理念を共有するモディ政権に対し、クアッドなどを通じて確固とした協力の足場を提供する外交を推進することが日本自身の利益にもなる。
次の焦点は、年内にインドで予定されるクアッド首脳会議だが、トランプ氏は会議欠席を検討中とも伝えられる。米外交が心もとないだけに、日本外交の踏ん張りどころが続く。
(※1) ^ 米印首脳共同声明Joint Statement from the United States and India, The White House, June 22, 2023.
(※2) ^ “The Nobel Prize and a Testy Phone Call: How the Trump-Modi Relationship Unraveled,” Mujib Mashal, Tyler Pager, Anupreeta Das, NYT, Aug. 30, 2025
(※3) ^ 読売新聞8月30日朝刊「[スキャナー]首脳会談インドつなぎとめ 米印すきま風 中露へ傾斜懸念」
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