
金価格が上昇しています。9月9日にはニューヨーク金先物価格が一時1トロイオンス当たり3700ドルを超え、史上最高値を更新しました。さらに、もう一段の金価格急上昇につながり得る奇策を、トランプ米政権が検討しています。株式相場の調整リスクが増している中、「金を持たざるリスク」が高まっている印象です。
今のマーケットは、金にとって理想的な環境と言えます。世界的にインフレが続くことだけでも金価格の上昇要因ですが、それに加えて米国の利下げ機運が高まったからです。実際に、9月17日に行われた米連邦公開市場委員会(FOMC)では0.25%の利下げが行われました。
トランプ大統領は米連邦準備理事会(FRB)への利下げ圧力を強めており、8月には高金利政策を支持するクック理事の解任を表明しました。金融政策の判断に影響する雇用統計が8月以降に目に見えて悪化したこともあり、パウエル議長は利下げ圧力にもある程度配慮した、ハト派の姿勢を見せた形です。
流動性相場の加速を先取りする形で、株価も金価格も上昇しました。日経平均株価も、7月31日の金融政策決定会合で日銀のハト派スタンスが確認されたことも合わさり、上昇に弾みがつきました。
しかしこれはあくまで流動性相場であり、好景気を反映したものではないことを認識する必要があります。コモディティー(商品)の中で金などの貴金属が値上がりしているのに、景気のバロメーターとなる原油価格は上がっていないことがその象徴です。
日本は3%台のインフレが定着していますが、米国も8月分のコアCPI(消費者物価指数)の前年同月比伸び率は3.1%とまだ高いのです。一方で米国の雇用統計は悪化しており、今は不況とインフレが同時進行するスタグフレーションのリスクが高まっている状態です。この状況でFRBが大幅な利下げに動けば、むしろインフレ加速を通じて米経済を悪化させる可能性もあるのですが、金価格にとっては間違いなく追い風です。
悪化する米印関係

もう一つ、金価格のサポート要因となるのが地政学リスクです。中国・天津市で8月31日から2日間行われた上海協力機構(SCO)の首脳会議には、ロシアのプーチン大統領やインドのモディ首相が参加し、それぞれ習近平国家主席と会談しました。SCOは中ロが主導する新興国20カ国超の協力枠組みで、米国中心の国際秩序からの脱却などが議題となりました。
インドは経済制裁下のロシアからの原油の購入などを理由に、50%の関税率を課されました。中国とインドは領土問題を抱える対立関係でしたが、対米関係の急激な悪化が両国の接近を後押ししたことになります。トランプ政権への不満は西側陣営の中でも大きく、欧州連合(EU)と中国との間にも融和の動きがあります。このように世界で脱米国・脱ドル依存の機運が盛り上がるほど、ドルの代わりに金が買われる理由となります。
金備蓄の再評価が持つ意味
ここに加わる金価格の波乱要因が、米国のゴールドリザーブ(金の備蓄)再評価というプランです。これは米国の財源確保のための奇策ですが、トランプ政権は真剣に可能性を探っているはずです。
米財務省は2億6150万トロイオンスに及ぶゴールドリザーブを保有しますが、現状は1トロイオンス約42ドルで計上されており、3600ドルを超えた市場価格とかけ離れています。市場価格並みに再評価するだけで、1兆ドル近い含み益が生まれるのです。
単なるバランスシート(貸借対照表)上の調整に過ぎませんが、大きな意味があります。米財務省は、保有する金を担保に差し入れることで、ドルを発行して使うことができます。ゴールドリザーブの評価額が膨らめば、それは新たな財源が生まれたことと同じなのです。
米国の財政状態は悪く、ドルに基軸通貨という特権がなければ、米国債の格付けは「BBB」に落ちてもおかしくありません。トランプ政権が関税政策にこだわる背景には、何とか税収を増やして債務危機を乗り越えようとするモチベーションもあると思われます。
トランプ政権は財源探しに必死ですが、政府予算の削減への取り組みは頓挫した状態。奇策とはいえ実行可能で、国債発行も増税もなしに財源を生む選択肢を考えないはずがありません。実際にベッセント財務長官は2月に受けたインタビューで、「米国のバランスシートのアセットサイド(資産側)をマネタイズできる」と発言しています。8月1日にはFRBが、過去にゴールドリザーブの再評価を行ったドイツやイタリアなど5カ国の事例を研究するレポートを発表しました。いずれも含み益を、財政赤字の相殺や債務返済に充てたと分析されています。
実は米国も1934年に、ゴールドリザーブを1トロイオンス20ドル台から35ドルへ再評価したことがあります。当時はドルと同額の金を米国が保有する金本位制だったため、再評価はドルの切り下げと同じ意味を持ち、結果的にドルの価値は4割下落しました。
現代は金本位制ではありませんが、前述の仕組みにより再評価にはドルの発行量を増やす効果があるため、金価格の上昇につながるでしょう。また、ルール的には米政府は、市場価格「以上」の金価格、例えば1トロイオンス5000ドルなどで再評価を行うことも可能です。実行すれば魔法のように財源が増える一方、ドルが決定的に信認を失う可能性もあります。
株価は明らかに割高な水準で調整リスクが高まっていますが、金価格に関しては逆に上振れリスクが高まっているかもしれません。
エミン・ユルマズトルコ出身。16歳で国際生物学オリンピックで優勝し、奨学金で日本に留学。留学後わずか1年で、日本語で東京大学を受験し合格。卒業後は野村証券でM&A関連、機関投資家営業業務などに従事。2024年にレディーバードキャピタルを設立。 https://www.eminyurumazu.com/
[日経マネー2025年11月号の記事を再構成]
【本連載の過去記事】
- ・株式相場の上昇は続くか 日本の半導体株に垣間見える予兆
- ・2つの「米国債救済計画」が始動 日本市場にも影響大
- ・「フジテレビ」に見る日本の中小型株復活のシナリオ


著者 : 日経マネー
出版 : 日経BP(2025/9/20)
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