国連施設にサルの群れ?

ニューヨークから直行便で14時間。

UNON=国連ナイロビ事務局は森の中にありました。ヤシの木や熱帯の濃い緑に覆われた敷地を色鮮やかな鳥が飛び交い、撮影を続けていると建物の間を走り回るサルの群れにも遭遇しました。

同じ国連施設といっても、せわしないニューヨークとは違い、ゆったりとした空気が流れているように感じました。

敷地内に生息するサル

国連がナイロビに拠点を設けたのは1975年。UNEP=国連環境計画の本部がつくられたのがきっかけです。

ケニア政府から寄贈された東京ドーム12個分という広大な敷地は、もともとはコーヒーのプランテーションでした。ほとんど地面がむき出しの荒れ地に植林をして「森の中の国連」へと育てていったのです。

ナイロビは高原にあるため、熱帯にあっても気候は過ごしやすく、働いている人は「冷房はほとんどいらない」と話していました。

第3の拠点をアフリカに

さぞ静かな環境かと思いきや、現地でインタビューする私たちを困らせたのは絶え間ない工事の騒音でした。

ナイロビの国連施設をめぐっては、2年前の国連総会で拡張工事の予算が認められ、ニューヨークやジュネーブに次ぐ、国連の第3の拠点に整備すべく、敷地のいたるところで工事が進められていました。

担当者は2029年にプロジェクトが終了すれば、拠点全体での収容人数は2000人から9000人へと4倍以上に増える予定だと話していました。

なかでも特徴的なのは、ニューヨークの国連本部の総会議場に匹敵する1600人規模の大会議場の建設計画です。

屋根を覆った太陽電池パネルで、エアコンや照明に必要な電力を自ら生み出し、温室効果ガスを排出しない設計になっているということでした。

大会議場の完成予想図

「UN80」で人員・予算は20%削減

こうした動きの背景にあるのが、国連創設80年に合わせて、グテーレス事務総長が発表した「UN80」という取り組みです。

アメリカのトランプ政権から予算削減の圧力をうけるなか、組織の統廃合を含む抜本的な改革を推し進めるとして、人員や予算の20%削減を目標に掲げています。

物価や人件費が世界でも最高レベルのニューヨークからナイロビなど相対的にコストが低い地域への移転は、その柱の1つとされているのです。

国連 グテーレス事務総長

時差もなくなり仕事は快適に?

現時点でニューヨークなどからナイロビへの一部移転を計画している国連機関は、UNFPA=国連人口基金とユニセフ=国連児童基金、そしてUNWomenの3つ。

このうち、UNFPAはことし3月から9月にかけてニューヨークの本部から100人あまりの職員をナイロビに移転させる計画を進めてきました。

UNFPA=国連人口基金(ニューヨーク)

6月に本部を訪れたときにはすでに空席が目立ち、引っ越しを前にした職員が書類などの片付けに追われていました。

UNFPAは途上国などで妊娠や出産などの支援に携わり、もともと妊産婦の死亡率が高いアフリカでのプロジェクトが半数近くを占めています。

話を聞いた職員の女性も、これまでアフリカのスタッフとやりとりするために、早起きしなければならない日もあったということですが、引っ越せば時差もなくなると笑っていました。

UNFPA職員 キム・ヤンソンさん
「荷造りやNYの友人たちとの別れは少しストレスですけど、国際公務員として新しい環境への挑戦を楽しみたいと思います」

UNFPA職員 キム・ヤンソンさん

“引っ越し”の効果は?

UNFPAでは、ナイロビへの移転により、出張旅費やニューヨークのビルの賃料の削減などで、年間300万ドル、日本円にして4億円ほどの経費節減を見込んでいます。

第1陣でナイロビに引っ越したUNFPAの幹部も、緑に囲まれた環境での新たな生活をすっかり気に入っているようでした。

UNFPA ジュリア・バンティン局長

UNFPA ジュリア・バンティン局長
「ナイロビは職員やその家族が住みやすく働きたいと思う環境が整っています。
またニューヨークと違い、すべての国連機関が同じ敷地内にあり、建物が相互につながっているので、機関を超えて協力する能力が高まっています。
そしてナイロビのほうが現場との距離感が近いのは間違いなくメリットです。アジアの地域とも時差が短いため一緒に仕事がしやすい環境です。
この80年間で世界が劇的に変化した中で、国連も時代に合わせて対応しなければならないと思います」

経済効果 期待高まるナイロビ

現地では3つの国連機関だけで少なくとも800人が移転するという報道などもあり、その経済効果を期待する動きも起きていました。

ナイロビの空港を出てまず目に飛び込んできたのが、インターナショナルスクールの看板でした。引っ越してくる国連職員の家族を見込んで、秋にオープンする新キャンパスの拡張を宣伝していました。

さらに国連機関が集中する北部のギギリ地区に近づくと、新築や建設中の高層マンションが立ち並んでいて、地元の不動産業者は、こうしたマンションの需要が急増していると話していました。

外国人向けの高層マンション

また、ケニアの魚料理が売りのレストランでも、客席を200席から400席に倍増するなど、国連関係者の来店を期待していました。

レストラン経営者
「このテント席は2日前に作ったばかりです。海外から来る人々が増えています。ほぼ毎日、新しい顔ぶれが数人来ています」

レストラン経営者の男性

「遅すぎるし不十分」

経済効果への期待は、国連の国際職員の給与が比較的高いことの裏返しでもあります。

ナイロビの国連施設の食堂は、ごはんの上に魚がのったランチの値段が450円ほどで、日本の牛丼チェーンなどと大差のない値段でした。

スワヒリフィッシュのランチを準備する食堂のスタッフ

国連の担当者は、ナイロビへの移転について、現地採用のスタッフの給与は大幅に下げられても、移転する国際職員の給与は、ニューヨークと変わらないと話していました。

ナイロビへの移転について、トランプ政権に近い立場から国連の改革を呼びかけているアメリカの元外交官は「一時しのぎではないか」と厳しい見方をしていました。

DOGE=UN代表 元米外交官 ヒュー・ドーガン氏
「現在の緊急事態はノアの箱舟的な考えでは対応できません。全員で嵐を乗り切った後で船から外に出ても元の生活には戻れません。職員を物価が安い地域に移すことは重要なコスト削減措置ですが、少し遅すぎるし不十分です」

DOGE=UN代表 ヒュー・ドーガン氏

アメリカの拠出金停止で深刻な影響も

それでも「移転」の流れは不可避だと感じる話も聞きました。

ナイロビにあるWFP=世界食糧計画の事務所では、資金のおよそ4割を占めていたアメリカからの任意の拠出金がほとんど止まってしまったため、隣国のソマリアや南スーダンなどから逃れてきた難民への食料の配給を、ことし6月から以前の3分の1以下にまでに減らさざるを得なくなっていました。

WFPケニア副代表 バイ・マンカイ・サンコウ氏
「私たちは飢え死にしそうな人の食料を確保するために、飢えている人に配っていた食料を減らすしかない決断を迫られています。この資金削減で多くの人が命を落とすことになります」

WFP ケニア副代表 バイ・マンカイ・サンコウ氏

取材を通じて

国連は9月、タイのバンコクに管理部門の拠点を設けるなど、移転の動きをさらに拡大することを発表しました。

国連機関の誘致は、世界の様々な都市が名乗りをあげていて、日本も東京都の小池知事や横浜市の山中市長が、国連の一部機能を誘致したいと提案しています。

経済効果だけでなく、国際都市としてのイメージアップにもつながるだけに、国連機関の誘致合戦は活発化することになりそうです。

グテーレス事務総長と会談する小池都知事(ニューヨーク 7月)

一方、アメリカのトランプ政権は、国連加盟国に義務づけられている分担金の未払いを続けています。

さらにニューヨークに国連本部を設けるにあたって国連と交わした「ホスト国協定」に反して、国連総会への出席を希望するパレスチナ暫定自治政府の外交団へのビザの発給を拒否しました。

そして10年前に国連の全加盟国が支持して推進されてきたSDGs=持続可能な開発目標にも公然と反対するようになりました。

こうしたアメリカの対応に、国連に集う外交官の間からは「ニューヨークは国連本部の場所として、もはやふさわしくないのでは」という声すらきかれます。

ニューヨーク市が2016年に発表した試算では、国連本部が地元にもたらす経済効果は、直接雇用の1万6000人に、3万人の来訪者など、年間およそ37億ドル(当時のレートでおよそ4000億円)にのぼります。

それでもトランプ政権の政策が続くなら、国連の「脱ニューヨーク」はさらに加速しそうです。

(6月27日 国際報道2025で放送)

アメリカ総局記者
飯島 大輔
1995年入局 沖縄 横須賀を経て国際部に
海外はエルサレム支局とアジア総局を経験
2024年からアメリカ総局で国連担当
アメリカ総局プロデューサー
杉本 優綺
2021年から国連を担当
安保理などを舞台に各国の個性豊かな外交官を取材
英語と中国語が堪能

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