韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領による「非常戒厳」宣言から3日で1年を迎える。当時の政権関係者や妻である金建希(キム・ゴンヒ)氏ら尹氏の周辺は軒並み逮捕・起訴され、裁判が進んでいる。韓国を混乱に陥れた非常戒厳の背景が少しずつ明らかになってきた。

ソウル中央地裁は1日、尹氏による「無人機(ドローン)挑発疑惑」の公判を2026年1月から開始する日程を公表した。審理の過程で尹氏が戒厳を宣言した動機の一端が見えてくる可能性がある。

金正恩総書記の休養所や核施設も標的

「大韓民国の挑発策動が危険ラインを越えている」。非常戒厳宣言のおよそ2カ月前の2024年10月11日夜、北朝鮮外務省は「重大声明」を発表し、韓国のドローンが10月に入り3回にわたって首都・平壌の上空に侵入したと主張した。

当時の韓国軍は関与を否定したが、実は尹氏の指示だった疑いが強まった。戒厳の口実をつくるために北朝鮮との武力衝突を誘発しようと、平壌上空にドローンを飛ばすよう軍幹部に指示したとみられている。

韓国から飛来して墜落、北朝鮮が回収したと主張した無人機(2024年10月)=朝鮮通信

捜査を担当する特別検察が軍幹部の携帯電話を解析したところ、メモ帳にドローン攻撃の標的とみられる場所として、平壌をはじめ外国人向け観光地を建設した東部の元山(ウォンサン)や金正恩(キム・ジョンウン)総書記の休養所、核施設などと列挙していた。

尹氏は憲法が規定する要件を満たさずに戒厳令を宣言したとして、内乱首謀罪や職権乱用罪などに問われた。ドローンの件を巡っては北朝鮮との「共謀」を示す証拠がなかったため、尹氏は「一般利敵罪」で追起訴された。

利敵罪とは国家の軍事上の利益を害したり、敵国に軍事上の利益を与えたりした場合に適用される罪だ。

旧統一教会と韓国政界の癒着が浮き彫り

特別検察は戒厳令に関する議論が遅くとも2023年10月ごろからあったと指摘する。尹政権は米国や日本と良好な関係を築く一方、政権を支える保守系与党「国民の力」は少数勢力に過ぎず国会運営は難航していた。

野党が法案を強行採決し、尹大統領が拒否権を行使する場面が度々見られた。その1つが、夫人の金建希氏を巡る疑惑の捜査に関わる法案だった。金氏は知人からのブランドバッグの収賄や株価操作など複数の疑惑を抱えていた。

24年4月の韓国総選挙(一院制の国会議員選)で与党が大敗すると、野党は攻勢を強める。最大野党の「共に民主党」は政府高官の弾劾訴追案を次々と国会に提出した。尹氏は夫人を追及の矢面に立たせるわけにもいかず、政権運営は徐々に行き詰まりつつあった。

ソウル中央地裁で開かれた初公判に出廷した金建希被告(9月24日)=共同

金氏に関わる一連の捜査からは、政権側と世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との癒着も浮かび上がった。

23年3月、与党「国民の力」の党大会で意中の候補を党代表に選出するため、金建希氏が旧統一教会に支援を要請した疑いがでてきた。信者を集団入党させる代わりに、教団の掲げる政策の実現や国会議員の比例代表枠の提供などを約束したとされる。

特別検察は「国民の力」の党本部を家宅捜索しようとしたものの、繰り返し拒否されたため党員名簿のデータベースを管理する企業を家宅捜索した。500万人の党員名簿と旧統一教会の信者120万人の名簿を照合した結果、およそ12万人がどちらの名簿にも掲載されていたと確認した。

保守勢力は埋没

李在明(イ・ジェミョン)政権は「特定の人物を狙った政治報復はしない」と強調しつつも、非常戒厳に関しては「内乱勢力を一掃する」と前政権への徹底した追及姿勢を崩さない。

尹政権の中心にいた人物は一網打尽となった。警察を監督する李祥敏(イ・サンミン)前行政安全相や金龍顕(キム・ヨンヒョン)前国防相らは一般利敵罪などで起訴された。李祥敏氏と金龍顕氏は尹氏と同じ高校の出身で、尹氏の側近だ。

非常戒厳を止めなかったとして韓悳洙(ハン・ドクス)前首相は内乱首謀ほう助などの罪で在宅起訴された。情報機関トップ、趙太庸(チョ・テヨン)前国家情報院長は戒厳の計画を事前に知りながら、国会への報告を怠った疑いで11月に逮捕された。

6月の大統領選で敗れ、野党となった国民の力は各社世論調査で政党支持率が20年の結党以来初めて2割を下回るなど厳しい状況に立たされる。凋落した保守勢力は完全に埋没している。

(ソウル=小林恵理香)

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