2026年1月3日、米国のトランプ政権が南米ベネズエラに対し電撃的な軍事介入を断行し、同国のニコラス・マドゥロ大統領夫妻を拘束し、米国へ移送した。
この軍事介入の狙いについて、これまでに米国へ流入するフェンタニルをはじめとする違法薬物の根絶、同国の莫大な石油利権の確保、そして「西半球における覇権」の再構築などが挙げられている。
トランプ米大統領は同日、ベネズエラに対する軍事作戦を受けて会見し、安全で適切かつ慎重な政権移行が実現するまで米国がベネズエラを管理、運営するとの考えを示したが、この事態に対して国連を含む国際社会からは主権侵害および国際法違反であるとの強い非難が相次いでいる。
そして、今回の軍事介入がもたらした衝撃は、中南米という一地域の枠を越え、東アジアの安全保障、とりわけ「台湾有事」への懸念という形で波及している。
中国は“台湾武力統一”を加速させるか
ロシアによるウクライナ侵攻が継続する中、民主主義の守護者を自任してきたはずの米国が、自らの国益のために他国の主権を武力で踏みにじったという事実は、世界が「力による解決」が常態化する時代へ突入しているのではないかという懸念を醸し出している。
特に、中国がこの米国の行動を「先例」として利用し、台湾への武力統一というシナリオを加速させるのではないかという懸念が聞かれる。
しかし、冷静に現状を分析すれば、米国のベネズエラ介入が直ちに台湾有事を誘発するという結論は、いささか短絡的であると言わざるを得ない。
その最大の理由は、両事案における地政学的な「重み」と、当事者間の軍事的バランスの圧倒的な差にある。
ベネズエラへの介入は、米国という圧倒的な軍事大国が、軍事的に劣位にある小国に対して行った局地的な行動と表現できる。対して台湾情勢は、核保有国であり世界第2位の経済・軍事力を有する中国と、それを抑止しようとする米国、さらには日本が直接衝突するリスクを孕んでいる。
今日の中国にとって台湾統一とは核心的目標ではあるが、それは同時に共産党体制の存続を賭けた巨大なギャンブルでもあり、ベネズエラで見られたような電撃的な特殊作戦だけで完結する問題ではない。
中国にとって追い風ではない
また、米国による今回の強硬策は、中国にとって必ずしも追い風ばかりではない。むしろ、国際社会における中国の立ち位置を考慮すれば、それは「重荷」となる側面を強く持っている。
中国は近年、米国主導の既存秩序に代わる選択肢として、グローバルサウス諸国との連帯を極めて重視してきた。中国が主張する外交方針の根幹は「内政不干渉」と「主権の尊重」である。
もし中国が米国のベネズエラ介入に乗じ、今後台湾への軍事行動というオプションを選ぶならば、それは自らが批判してきた「覇権主義的な米国の振る舞い」と全く同質のものとして諸外国に映ることになる(中国にとっては内政問題ではあるが)。
グローバルサウス諸国から「中国も結局は力で他国を支配する大国に過ぎない」という疑念が広がれば、中国が長年かけて築いてきた国際的なソフトパワーと外交的基盤が崩壊しかねない。
アメリカの軍事力が抑止力に
さらに、中国の指導部は極めて現実的な計算に基づいて動く。今回のベネズエラにおける米軍の作戦遂行能力、すなわち、厳重に守られていたはずの大統領を瞬時に拘束し、国外へ連れ去ったという高度な軍事技術と決断力は、中国側にとってむしろ強い抑止力として作用する可能性を秘めている。
中国軍が台湾侵攻を検討する際、常に最大の不確定要素となるのは米国の介入意思である。トランプ政権が、国際的な批判を顧みずにこれほど過激な手段を行使したという事実は、台湾海峡においても米国が予想を上回る強硬な手段に出る可能性を中国に再認識させることになった。
無論、楽観視は許されない。米国が南米という「裏庭」の平定にリソースを割き、国内世論や軍事力が分散している隙を突いて、中国が独自に台湾への圧力を強めるシナリオは否定できない。
また、国際秩序が機能不全に陥り、ルールではなく力が支配する世界観が定着すれば、中国国内の強硬派が「今こそ好機である」と主張する根拠を与えることにもなりかねない。
台湾侵攻の蓋然性は高まっていない
結論として、米国のベネズエラ介入は、既存の国際法秩序を著しく毀損し、中国やロシアに対して誤ったシグナルを送ったことは事実である。
しかし、台湾を巡る情勢は、歴史的背景、軍事バランス、そしてグローバル経済への影響という点において、ベネズエラとは性質を異にする複雑な課題である。
中国がグローバルサウスからの信頼失墜という巨大なコストを払い、かつ米国の予測不能な軍事反撃のリスクを冒してまで台湾侵攻に踏み切る蓋然性は、現時点では高まったとは言い難い。
国際社会は今、感情的な懸念に流されるのではなく、大国間の力の均衡と、それぞれの国家が背負う外交的リスクを精緻に見極める眼を求められているのである。
【執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹】
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