▼イラン最高指導者 行政、司法、軍事などイランの国政全般の最終決定権を持つ最高権力者。イスラム法への学識や政治・社会への管理能力などを持つことが条件として憲法に定められている。イランには国政選挙で選ばれる大統領職もあるが、あくまで行政のトップとの位置づけにとどまる。最高指導者が不在となった場合、聖職者で構成する専門家会議(定数88)が後継を選ぶ。

初代の最高指導者は1979年のイラン革命で現体制を成立させたホメイニ師だ。親米独裁だったパーレビ王朝を批判し、暴動で国王がイランを逃れるとイスラム教シーア派聖職者が統治する現在のイランの体制をつくり上げた。革命の立役者としてカリスマ性を持ち、80年から88年にわたって続いたイラン・イラク戦争を切り抜けた。

ハメネイ師は89年に死去したホメイニ師の後を継いだ。1939年、北東部のイスラム教シーア派の聖地マシャドにある宗教家の家に生まれた。聖地コムで神学を学んでいた際にホメイニ師に師事し、反国王(シャー)闘争に参加した。イラン革命ではマシャドの責任者として活躍した。81年に当時の大統領の暗殺を受けて後任の大統領に就任し、85年の大統領選で再選した。最高指導者に就いた後は、ホメイニ師の反米強硬路線を押し進めた。

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