戦争はしばしば、意図とは逆の結果を生む。

2003年のイラク戦争では、フセイン政権は崩壊したが、その後に台頭したのは民主主義ではなく、宗派対立と過激派だった。国家の中枢を破壊しても、その空白を埋めるのが必ずしも穏健勢力とは限らない――この教訓は繰り返し指摘されてきた。
今回のイラン戦争も、同じ構図をなぞりつつあるように見える。

軍事的打撃が生んだ“強硬派中心”への再編

米紙ワシントン・ポストなどによれば、米情報機関は一貫して「イラン政権は崩壊しない」と分析してきた。むしろ、空爆によって弱体化しながらも、体制はより強硬な形で再編される可能性が高いという。

殺害されたイランの最高指導者ハメネイ師
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実際、イスラエルと米国の攻撃は、イランのミサイル戦力や海軍に深刻な打撃を与え、最高指導者アリ・ハメネイや多数の軍・情報幹部を排除した。しかし、その結果として浮かび上がっているのは、体制の崩壊ではなく、イスラム革命防衛隊(IRGC)を中核とする権力の集中である。

情報機関の分析では、イランは「弱体化しつつも、より強硬な体制へと傾く」とされる。つまり、軍事的打撃がそのまま政治的崩壊につながるわけではなく、むしろ逆に、強硬派の結束を促す方向に働いている可能性がある。

後継争いが示す“穏健派排除”の流れ

この点は、後継争いの経過にもはっきりと表れている。

戦前、イランでは穏健派への移行の余地が指摘されていた。抗議運動の蓄積や最高指導者の高齢化もあり、体制内部には一定の変化圧力が存在していた。しかし戦争は、その流れを断ち切った。

後継に選出されたハメネイ師次男・モジタバ師

後継争いは、外部からの攻撃によって一気に「対外強硬」を軸に再編され、最終的に革命防衛隊の支持を受けたモジタバ・ハメネイが後継に選ばれた。穏健派の有力人物ラリジャニも空爆で死亡し、調整役を失った体制は、さらに硬直化する方向に傾いている。

米情報機関は、こうした展開を事前に予測していたとされる。トランプ大統領は攻撃承認前に、「革命防衛隊の影響力が強まる可能性」について説明を受けていたという。

ある関係者は「それは単に予測可能だったのではない。実際に予測されていた」と述べている。それにもかかわらず、戦争は開始された。

戦争がもたらした“三つの現実”

その結果、何が起きているのか。

封鎖されたホルムズ海峡

第一に、体制内部では穏健派が後退し、強硬派が主導権を握りつつある。
第二に、対外的にはイランはホルムズ海峡という戦略的要衝をテコに影響力を維持し、エネルギー市場に大きな混乱を引き起こしている。
そして第三に、湾岸諸国など米同盟国は、イランの報復攻撃の矢面に立たされ、不満と不安を強めている。

つまり、軍事的には打撃を与えながら、政治的には相手をより強硬にし、地域全体の不安定化を招くという構図である。

米国とイスラエルの戦略には、「体制転換」あるいは「より協調的なイランの出現」への期待が含まれていたとされる。しかし現実には、体制は崩れず、むしろ結束を強めている。

イラン国内でも、戦争初期の混乱とは裏腹に、体制支持層の間では「抵抗」の機運が強まりつつあるとの指摘がある。外部からの攻撃は、しばしばナショナリズムを刺激し、内部の対立を覆い隠す。

戦略としての成功は何を意味するのか

結果として、戦争は「体制を揺るがす圧力」ではなく、「体制を固める接着剤」として作用する。

もちろん、長期的には経済危機や社会不安が再び噴出する可能性はある。しかし少なくとも現時点では、体制の崩壊や民主化の兆しは見えていない。

むしろ、「上層部を排除するほど、その下にはより強硬な層が現れる」という専門家の指摘が現実味を帯びている。

戦争は、敵を弱体化させるために行われる。しかしその過程で、より手強い敵を生み出してしまうとすれば、それは戦略として成功といえるのか。

米情報機関の分析は、その点に対する一つの警鐘と映る。
(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)

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