記者として初めてパレスチナ出身者を取材したのは2003年。駐日パレスチナ大使が来日した時だった。一番印象に残っているのは「東京では子供たちが街で安全に遊び、学校に通っている。夢のようだ」という言葉だ。あれから20年、ガザの現状は良くなるどころか悪化している。

ガザの子供たちは700日間、学校に通えていない。

ニュースでは伝えきれない「ガザからの声」

9月9日、東京の日本外国特派員協会である会見が行われた。

出席者は3人。映画配給会社・アップリンクの浅井隆社長、そしてガザ地区で映画制作を続けるムハンマド・サウワーフ監督と撮影スタッフのガダ・アブド・アルファッタさんの2人がオンラインで参加した。インターネット回線は頻繁に途切れ、インフラの不安定さが明らかだった。

ガザからオンラインで会見に参加した撮影スタッフのガダさん
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「身の危険を感じることはありますか?」パレスチナ・ガザ地区に住むガダさんに聞いてみた。すると彼女は、「夜は毎晩、家族と同じ部屋で寝ます。なぜなら生きて朝を迎えられるか分からないからです。死ぬときは愛する家族と一緒に死にたい。一人生き残って、亡くなった人を悼みたくないからです」と、落ち着いた口調で語った。

会見で紹介されたのはドキュメンタリー映画「ガザからの声」だ。

ムハンマド氏らガザ地区在住の制作チームが2025年5月に撮影したガザに暮らす人々の「生の声」だ。アップリンク社の浅井社長によると、通常、映画の買い付けから配給までは2年近くかかる。しかし、ガザの現状は「待ったなし」で一刻も早く日本に届けたいと、ガザで撮影し粗編集した映像を東京に送り、東京で最終編集した上で8月に劇場とオンラインで公開したのだ。

撮影から公開までわずか3カ月。異例のスピードだ。

その目的はガザに住む1人1人の声を届けること。ニュースやSNSの細切れの動画では伝わらない「生の声」だ。

「ぼくは希望を持っている。戦争は必ず終わる」

8月22日に公開された『ガザからの声~エピソード1』で「希望を持っている」と語っているのは16歳のアハマド君。

「Voices from GAZA ガザからの声」エピソード1より 両足を失ったアハマド君と弟のクサイ君

2025年3月、ガザ地区北部でイスラエル軍による攻撃にあった。アハマドくんは一命を取り留めたものの、両脚と左手の指4本、そして一緒にいた双子の兄を失った。

アハマド君と双子の兄は体操選手で、サーカス教室で学びながらパフォーマーになることを夢見ていた。しかし、その夢はもうかなわない。

アハマド君の家族は大学跡地のテントで暮らす。食糧不足の中、蜂蜜は貴重な栄養源だ

それでもアハマド君は「僕は希望を持っている。戦争は終わる、そしてガザは前よりももっと美しくなる。これまで僕はガザを離れたいと思っていた。でも、トランプがすべてのガザの人を追い出すと言ったので、僕らはガザにとどまり続ける」と話す。

ドローンの機械音

カメラはアハマド君たちを静かに追いかける。わずかな水で食器を洗うアハマド君の母、散歩に出かけ初めての凧揚げを経験するアハマド君と弟のクサイ君。撮影者は一切発言せず、彼らの会話を映し出す。

この動画は「ガザからの声」の一場面だが、アハマド君の母のインタビュー中もドローンの音は止まず、鳴り続けていた。

50分間余りの作品には一切音楽はかからない。しかし、作品を通してほぼ常に聞こえる音がある。ブーンという機械音だ。イスラエル軍が常時ガザ上空で飛ばしているドローンの音なのだ。

「パレスチナは数字ではない」

撮影スタッフのガダさんは、撮影中も常に恐怖を感じていると話す。「いつ最後の瞬間になるか分からない。この悲惨な状況に慣れて感じなくならないよう、メモを取り、撮影を続けている。パレスチナに住む一人一人に物語がある」と。

パレスチナ自治区ガザ 2025年9月11日

最後に付け加えた。「次の作品を公開する頃には平和が訪れ、ガザの美しい景色や、夢を描けるようになっていたい」と。

民間人が犠牲になる現実

この約2週間前、同じ場所でイスラエル人3人が会見をした。2023年にガザ地区でハマスに拘束されたイスラエル人男性(24)の父親と兄、そして国会議長だ。父親は「息子はアニメが大好き。日本に来るのは息子の夢だった」と解放を訴えた。

一方で、国会議長は「我々は一度も民間人を標的にしたことはない。しかし戦地では民間人が巻き込まれてしまうこともある」と断言した。議長の周りを目つきの鋭いSPが何人も囲んでいた。

人質の解放を訴える兄・ガルさん、イスラエルのオハナ国会議長、父・イランさん(左から)

アハマド君は3月のある日、水の入ったタンクを持って、家族の待つテントに向かっていた。もちろん、武器なんて持っていなかった。それでも、母親の目の前でイスラエル軍による爆撃に遭い、生死の境をさまよった。双子の兄は即死だった。

「日本の声」はパレスチナに届くのか

パレスチナの保健当局は、2023年10月以降、パレスチナでの死者が6万4656人に達したと発表した。そして先ほど、イスラエル軍がガザ市の制圧作戦を開始したとの一報が入ってきた。

1週間ほど前、ガザに住むガダさんにメールを送ったが、今のところ返信はない。彼女の安否が心配でならない。

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