
日本のブランドの存在感が増している。特にメンズのパリファッションウィーク(パリコレ)での存在感は大きく、6月に発表した70ブランドのうち約2割を日本のブランドが占めた。イッセイミヤケやコムデギャルソン、アンダーカバーやサカイなど、世界的なブランドが発表を続けるだけでなく、新しい世代が登場しているからだ。2026年春夏コレクションについて、注目の3ブランドに聞いた。
季節の変わり目のちぐはぐ オーラリー
ランウエーに登場する服は、レザーやコートから、次第にシルクやハーフパンツに変わっていった。黒やグレーなどの深い色は、徐々にベージュや白などの軽やかな色味に。ぱきっとしたグリーンや赤が時折差し込まれ、中にはビーチバッグやサングラスケースも。

AURALEE(オーラリー)の2026年春夏のテーマは「季節の変わり目」だ。「春は寒かったり暑かったりして、朝何を着たらいいか分からなくて、ちぐはぐになってしまう。その感じが、パーソナリティーがあって面白いなって思って」とデザイナーの岩井良太さんは話す。
日常生活が着想源になることが多い。自転車で通勤していて「朝、代々木公園を抜ける時に春一番みたいなのが吹いた。その時は向かい風になって全然進まないなと思ったけれど、風がそんなに冷たくなくて、あ、もうちょっとで春っぽくなってくるなと。ワクワクしたんです」と思い出す。
2015年春夏にスタートしたブランドのコンセプトは「朝の光に合う服」。当時は着飾ることや夜遊びをイメージしたメンズブランドが多かったという。「でも、自分はそういうタイプじゃなかったし、もうちょっと自然体でいられる服を作ってみたかった」のが始まりだ。
カシミヤ100%の夏向けのセットアップは、コーミングしてそろえた細くて質の高い梳毛(そもう)を糸にしており、心地よい肌触り。ヤシの木が描かれたシルクのアロハシャツは手捺染(てなっせん)と呼ばれる技法で職人が1色ずつ色を重ねていく。インドの手織りの布、カディをイメージしたという薄くて軽いコットンのシャツは、密度高く織ることで美しいハリが生まれる。

「日本の(生産)背景を使って、一番いいものを作る」と岩井さん。多くのブランドがあるなかで、どうやったら自分らしさを出せるかと考えたときに、一番得意だったのが「素材について掘り下げていくこと」だった。それまで働いていたブランドでの経験で「国内の産地や工場を訪れ、顔を見て意思疎通して、糸や編み地、織物を作っていくことがすごい楽しかった」。シーズンのテーマやムードは考えつつ、糸や生地を作る工場や職人と会話したり、織られたサンプルを触ったりしながら、創作活動がスタートする。
2025年の毎日ファッション大賞の大賞を受賞した。セレクトショップでは洋服は「ハンガーにかかっていて、片袖しか見えなかったりする。それでも他と違う服だなって思ってもらえるような、そんな雰囲気のある服を作りたい」。
秋葉原とオタクとロック キディル
「普通の服では遊び足りない」「もっと個性的なものを」――。音楽関係者を中心に、そんな思いをもつ人たちに愛されているブランドが「KIDILL(キディル)」だ。

2014年にスタートし、ブランドの根底にあるのは、「パンク」や「ロック」。「イギリスが好き」というデザイナーの末安弘明さんは、「人生で最初に影響を受けたものが、現状を壊して新しいものを生み出したいというマインド、パンクだった」という。キディルでは「決まり切ったパンクをぶっ壊して新しいパンクを生み出したい」。
2026年春夏のテーマは「秋葉原やオタクのカルチャー」だ。前シーズンに、和楽器バンドが演奏し、原宿の文化を取り入れたショーを実施したところ「評判がよかった。日本の独自のカルチャーは、世界からみても興味があるんだなと思った」。観光客が訪れる代表的な場所である秋葉原のメイドカフェやアニメ、フィギュアなどのカルチャーを着想源にした。
「モデル自身を、スタイリングも含めてフィギュア風にした」と末安さん。コスプレ向けのアクセサリーを手がけるブランド、中央町戦術工芸とコラボレーションして、カチューシャなどを作ったり、タツノコプロのアニメ作品がちりばめられた一点もののジャケットが登場したり。花柄やデニム、毎シーズン登場するタータンチェックも、秋葉原のフィルターを通すことで、普段とは違って見える。

末安さんは美容師だった。東京・原宿の美容室で働いた後、英国に住み、語学学校に通う。「2時間学校に行って、あとの22時間は暇だったんですよ。暇すぎて、高校生のころから好きだった服のリメークを始めた」ところ、それが売れ出し、キディルの前身のブランドになった。
当初は海外での発表は考えていなかったというが、国内で複数の賞を受賞し、支援によって余裕ができたといい、2021年からパリに発表の場を移した。「継続して発表して、ファンを増やしたい。ほかのブランドがやっていることをやっても仕方ない。もっと差別化していきたい」。そう力強く話した。
日常の豊かさを切り取る ベッドフォード
「勝ち負けではないんですけど」と前置きしつつ、「西洋の文化に挑ませてもらっている」。2024年春夏からパリで発表する「BED j.w. FORD(ベッドフォード)」。デザイナーの山岸慎平さんはこう話す。

2026年春夏のテーマは「ウインク」。「当たり前に存在している日常を、どう豊かにみせるかに挑戦したかった。その瞬間をシャッターを切るようなイメージで表現した」という。ファッションの話を、業界や洋服の話だけで語ってはいけないとよく思うという。「戦争がいろんなところで起こっていて、世界的に経済も不安定。どういう未来に向かっているんだろうかと、みんなちょっとずつ未来を疑っている」と感じている。
米国の画家、ノーマン・ロックウェルの第1次世界大戦や世界恐慌のころの作品を見た。「時代を卑下するでもなく、恐怖感を抱くでもなく、日常生活の当たり前の時間を描いていた。その目が羨ましいなと思った」
美しいラインを描く洋服が多い。襟などにワイヤが入ったジャケットは、一瞬を切り取ったかのように、そのかたちが保たれる。一見米国の古着でよくみるようなチェック柄のシャツは、実は透け感があり、そのやわらかな素材がはかない。

2011年春夏にスタートした。当初は「ナルシストやロマンチストという、聞くとネガティブに受け止めがちなものを大事にしたいなと思っていた」と山岸さんは話す。「年を重ねて、今思うのは、要はエレガンスとは何なんだろうか、を探求していると思っている」。掲げるのは「オルタナティブエレガンス」。例えば、成熟するための時間など、エレガンスを構成するものは「なんとなくイメージはある。ただ、僕たちの探しているのは、もうひとつの美しさなんだという感覚が強い。時間をかけながら、現代におけるエレガンスを探って提示していきたい」。
「働くって切っても切り離せないもの」といい、この数シーズン、ワークスタイルも意識している。シャツやジャケット、アウターの袖の内側には、ゴムが付いていて、腕まくりしても袖が落ちてこず、動きやすく様になる。しかも、そのゴムに、取り外しはできるが、小さなベルが付いている。ベッドフォードが「もっともっと浸透したときに、喫茶店でも街中でもいいんですけど、ベルの音がしたときに、近くでベッドフォード着ている人がいるなっていうふうになってくれたら」と山岸さん。なんてロマンチックなんだろう。

(井土聡子)

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