若者の自殺者数は高止まりし、小中高校、特別支援学校のいじめ認知件数も過去最多を更新し続ける。いじめ問題に取り組むNPO法人「ジェントルハートプロジェクト」(川崎市)の理事、小森美登里さん(68)は全国の学校などで講演活動を続けてきた。
10月末で1700回目を迎えたが、「やってきたことが本当に正しいのか」と思うことがあるという。
「出入り自由」な講演
「理由があれば人を傷つけてもいいと思いますか」
小森さんが講演で必ず投げかける質問だ。
そしてこう続ける。
「私は人を傷つけていい権利を持って生まれた命は、この世に一人もいないと思います」
誰かを責めたり、自分の意見を押しつけたりはしない。いつか答えを見つけてくれたら――。そんな気持ちで子どもたちや教員らに語りかけている。
講演は出入り自由にしている。
「寝ていたり、話したりしていてもそのままで」と学校側に伝える。「中にはいじめの被害者も、加害者もいる。無理強いせず、逃げ場を用意しています」
一人娘の死
小森さんは1998年7月、高校1年だった一人娘の香澄さん(当時15歳)を亡くした。
部活動で言葉によるいじめを受け、香澄さんは自ら命を絶った。
我が子の様子を間近で見てきた小森さんは「自分が生きていることが罪深く、許せなかった」と死を意識した時期もあったが、時間をかけて夫婦で話し合う中で、同じ苦しみを抱える子どもたちに目がいくようになった。
「放置しては絶対だめ、全員救いたいと強く感じました。いま思えば、自分を追い詰めていたのかもしれない。でも、その思いは消えていません」
2003年にジェントルハートプロジェクトを設立し、学校での講演や、教員向けの研修を始めた。
被害者も、加害者も
活動を続ける上で大切にしてきたのは、被害者だけでなく加害者にも寄り添う姿勢だった。
きっかけは香澄さんの残した言葉だ。
「優しい心が一番大切だよ。その心を持っていないあの子たちの方がかわいそうなんだ」
亡くなる4日前、一緒にコンビニエンスストアに出かけた時に香澄さんは冷静にそうつぶやいた。「あの子たち」は自分にひどい言葉をかけた加害者を指していた。
「あの子たち」とは二度と関わりたくない。でも講演の感想などから、加害者側に成育環境や、元々はいじめられる側だったなどいじめに至る背景があったことにも徐々に気づいた。
「加害者のいじめを止めるために大切なことは、こちらが『いつでも待っているよ』という姿勢を取ること。人の優しさを受け入れる心の隙間(すきま)を生み、自分を客観的に見るきっかけになるかもしれない」
そう期待して、講演に訪れた学校現場でも共有してきた。
1700回の重み
香澄さんが亡くなって27年。いじめ防止対策推進法の制定を機に、自治体や学校の取り組みも進められてきたが、24年度のいじめ認知件数は約77万件に上った。24年の小中高生の自殺者数は529人で、いずれも過去最多を更新している。
「いじめ問題を解決したいと思いつくことはやってきた。でも結果が伴わない。個人や、小さな一法人の力では難しいのかな」
1700回を数える講演回数が、小森さんの肩に重くのしかかっていた。
サイパンの誓い
10月中旬、小森さんは夫とサイパンのマニャガハ島にいた。香澄さんの遺骨を散骨した場所で「お墓参り」は約8年ぶりだった。
香澄さんが大好きだった澄み切った青い海に向き合い「あの時はごめん。もうひと頑張りするね」と心の中でつぶやいた。いじめを止められなかったことへの謝罪と、これからの活動についての報告だった。
心が折れそうになることは何度もあった。でもいつか、香澄さんに会ったとしたら、こう言われたい。
「お母さんの人生、まあまあだったんじゃない?」
その思いが背中を押している。【田中理知】
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。