国際芸術祭「あいち2025」芸術監督のフール・アル・カシミさん

国際芸術祭「あいち2025」が終了まで1カ月を切った。同芸術祭はアラブ首長国連邦(UAE)出身のフール・アル・カシミさんが芸術監督を務めることも話題だ。中東地域をはじめとして各地で緊張が高まるなか、カシミさんは「アートで世界の出来事が身近な問題だと気づく」と芸術祭の意義を語る。

カシミさんはUAEを構成する首長国の一つ、シャルジャ出身。2009年にシャルジャ美術財団を設立したほか、現代美術の祭典を支援する「国際ビエンナーレ協会」の会長も務める。

ワンゲシ・ムトゥ「眠れるヘビ」(愛知県瀬戸市の愛知県陶磁美術館)

「あいち2025」のテーマには、現代アラブを代表する詩人アドニスの詩を引用し「灰と薔薇(ばら)のあいまに」を掲げた。アドニスは1967年の第3次中東戦争の後、アラブ世界を覆う灰と環境破壊を嘆きながら、その後に薔薇が開花する希望を模索した。カシミさんも「灰か薔薇かという二項対立を避け、人間と環境の一筋縄ではいかない関係について思考する」と説く。

展示されている作品は多様だ。ケニア生まれのワンゲシ・ムトゥ「眠れるヘビ」はヘビのような胴体に人間の頭部がついた作品で、人間がどのように表象されてきたかを問い直す。米国生まれのシモーヌ・リーの黒人女性をモチーフとした立体作品は、白い貝の形をした装飾物でつくられたスカートを身にまとう。貝はかつて黒人の人身売買などで通貨として使われていた。

米国の現代美術家シモーヌ・リー「無題」。黒人女性をモチーフとした(愛知県瀬戸市の愛知県陶磁美術館)

「過去に様々な地域で起こったこと、そして今、起きていること。芸術祭は様々な世の中の出来事やストーリーを作品で表現し、つないでいく」とカシミさん。一つ一つの出来事はアートを通してより多面的に捉えられ、「拡大鏡で見るようにズームして考えることができる。多くの人が自分とは遠い世界の問題と考えていることも、アートが目の前にあれば、身近な問題だと気づくことができる」。

アートの歴史を振り返れば、長く主に欧米の白人男性が指導的な立場で業界をけん引してきた。「女性で、有色人種である私が芸術監督に就くことで、これまでとは違ったアプローチを取れるのではないか」(カシミさん)。「あいち2025」は新たな視点で選ばれたアートを体感できる場といえそうだ。

同芸術祭は11月30日まで。愛知芸術文化センター(名古屋市)や愛知県陶磁美術館(瀬戸市)などで開催されている。

(岩本文枝)

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