miya227 -shutterstock-

<夏の猛暑で心配される熱中症...オリンピックアスリートを支えてきた日本体育大学・杉田正明教授が、最新の知見に基づいた水分補給と体温管理の実践法を紹介する>

熱中症対策ではどんなことに気をつければいいのか。日本体育大学の杉田正明教授は「運動時などに水分補給をする場合は、純粋な水よりも体液に近い内容の水分が望ましい。水だけを大量に摂ると、いわゆる『水中毒』になってしまう可能性がある」という――。

※本稿は、杉田正明『トップアスリートが実践している世界最強の健康マネジメント』(アチーブメント出版)の一部を再編集したものです。

熱中症対策①:おしっこチェック

熱中症にならないために大事なことは、まず深部体温を上げないこと。そのため、良質なタンパク質を含む食品を積極的に摂りましょう。次に汗で失われる水分やミネラルをきちんと補うことです。

マラソン選手は、大会数日前から1日1.5lから2lの水を飲む「ウォーターローディング」で体内に水分を備蓄して脱水症状を予防していますが、一般の方でも夏場は毎日ウォーターローディングをしても良いと思います。


ウォーターローディングは、1時間に800mlを上限として、1回250ml程度の水分を1時間に2~4回に分けて摂ります。

人間の体重の60~65%は水分だと言われていますが、体の水分が足りているかどうかの目安になるのが、おしっこです。尿の色による脱水症状判定チャートがあり、レモネード色だとOKですが、リンゴジュース色だとNGです。

このチャートは厚生労働省をはじめ、各自治体でもWEBサイトで公開しているので、ぜひ一度、チャートの色を確認しておくと良いでしょう。

そして、朝起きたときにトイレでおしっこの色をチェックして、リンゴジュースの色をしている場合は、その後すぐ水分を摂ればいいのですが、摂らないと脱水状態になりやすくなります。

水を1杯飲むことで、30分後ぐらいに色の薄いおしっこが出ると思います。

このとき、「朝起きると脱水気味だから、夜、寝る前にたくさん水分を摂ろう」というのはNGです。なぜなら、寝る前に水分を摂ると、夜中に尿意で何回も目が覚めたり、睡眠が邪魔されたりしてしまうので、寝る1時間ぐらい前からは水分をあまり摂らないようにしてください。

もし朝起きてリンゴジュース色だったら、その後しっかり摂れば問題ありません。

熱中症対策②:汗の成分に近い水分を摂る

汗をかくと、体の中の水分が失われます。しかし汗をなめるとしょっぱいように、汗は純粋な水分ではありません。

ウォーターローディングや運動時などの水分補給をする場合は、純粋な水よりも体液に近い内容の水分が望ましいとされています。なぜなら、水だけだとすぐに尿で排出されてしまうのと、水だけを大量に摂ると、体液が薄まることで、ナトリウムの割合が減り、低ナトリウム血症、いわゆる「水中毒」になってしまうからです。


人間の腎臓が持つ最大の利尿速度が16ml/分なので、これを超える速度で水分を摂取すると、体内の水分過剰で細胞が膨化し、水中毒をひき起こします。頭痛やめまい、意識がもうろうとする他、ひどい場合は亡くなることもあります。

水分補給として適しているのは、食塩(0.1~0.2%)と糖分(2~2.5%)を含んだものになります。市販の飲料の場合は、ナトリウムの量が100ml中40~80mgが目安です。

また、日本スポーツ協会が提唱している水分補給のガイドラインでは、1時間以上運動する場合には塩分が0.1~0.2%、糖分が4~8%、温度は5~15℃の飲み物を推奨しています。

スポーツドリンクは、糖質濃度4~8%の商品が多く、たとえば「ポカリスエット」は糖度が6.2%と運動中は適していますが、通常時は半分に薄めて飲むことをおすすめします。しかし、そうすると塩分が少なくなるので塩を少々加えると良いでしょう。

汗で失われる成分には個人差がある

スポーツドリンクがない場合は、水1lに砂糖大さじ3、塩小さじ1/4の割合で混ぜて飲むと良いでしょう。

最近では、熱中症対策に経口補水液を飲む人がいますが、通常時に飲むと塩分の摂りすぎになってしまいます。血圧が上がって健康被害をきたす可能性があるので、こちらも飲むなら薄めると良いでしょう。

また、汗の中にはさまざまな成分が含まれています。

ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウムといったものは、ほとんどの人の汗に含まれていますが、その量には個人差があります。中には鉄、銅、亜鉛、ビタミンB2・B6・B12、ビタミンDなどの成分が汗に含まれている人もいます。

そこで私は、東京オリンピックの選手支援を目的としたスポーツ庁の委託事業「屋外競技における暑熱対策の総合的研究開発」に取り組みました。

このプロジェクトでは、長距離、競歩、トライアスロンなどの競技中や練習中に選手の汗をトータルで1000検体以上採取し、分析しました。その発汗成分をもとにスペシャルドリンクの粉末「TOPRUNNER」を開発しました。

「TOPRUNNER」は東京オリンピックの選手村に常備され、13競技のアスリートたちに活用してもらいました。パリオリンピックでも活用され、複数の競技でメダル獲得にも貢献しました。現在は特許も取得し、一般向けに発売されています。

熱中症対策③:深部体温を下げる

熱中症対策で一番重要なのは体温を上げないことです。体温が上がると、脳に血液が流れなくなり、認知機能が落ちてフラフラになったり、きちんとした思考や判断ができなくなってしまいます。

アメリカ生理学会が発行する学術誌『Journal of Applied Physiology』に発表された面白いデータがあるのでここで紹介します。


以下の3つのことをしてもらった後に、気温40℃、湿度17%の環境で、自転車を漕げるところまで漕いでもらいました。


①運動前に17℃の水風呂に入って深部体温を下げた場合(35.9℃)

②通常の体温のままの場合(37.4℃)

③運動前に40℃のお風呂に入って体温を上げた場合(38.2℃)

この中で、一番長く漕げたのは①の直前に体を冷やした場合(56分)でした。最も短かったのは③の31分でした。運動継続時間は、初期体温が低いほど長く、体温が高いほど短くなったのです。いずれの場合も漕げなくなった時点の深部体温は約40℃でした。

実は、我々の体は深部体温が40℃を超えると、これ以上運動すると体が危ないという制限がかかります。運動前に深部体温を下げてできる限り40℃までの余裕をつくっておくことをプレクーリングと言います。

水を張った風呂桶に手足を入れるだけでもOK

そこで、暑い夏場は運動前に水風呂に入って体温を下げておくことが大事です。

水風呂の温度は、20℃以下が適温ですが、25℃ぐらいで浸かる時間を長めにとってもかまいません。水風呂に入らなくても、出掛ける前や帰宅後に水シャワーを浴びるのも良いでしょう。

時間がないときや面倒なときは、10℃から15℃ぐらいの水を張った風呂桶に手足を数分間入れて冷やすだけでも、十分効果が期待できます。

水風呂以外にも、「アイススラリー」という、氷を砕いた液体状のシャーベットのようなものを口から摂取して胃を冷やすのも有効です。

アスリートはアイスベストという特殊なジェルが入った服を着て体を冷やしたり、運動中も体温が上がらないように水をかけたりしています。

一般の人でも、夏場に外に出歩く用事がある場合は、深部体温を冷やすことを意識して、冷たいものを飲んだり、アイスパックで体を冷やしたり、帰宅後は水風呂に入ったりして深部体温を下げるようにしましょう。

熱中症対策④:「AVA」を冷やす

出所=『トップアスリートが実践している世界最強の健康マネジメント』(アチーブメント出版)

AVAは、皮膚に近い部分では、手のひら、足の裏、頬にあります。トレーニング後に、手のひらや頬が赤くなったりしますが、この3つを冷やすことで、効果的に深部体温を下げることができます。高温環境で深部体温が39.2℃に上がるまで運動を行った後、首や脇の下、鼠径部を氷で冷やした場合と、手のひら、足の裏、両頬を冷やした場合、まったく冷やさなかった場合について運動後30分後まで深部体温の推移を比較した研究があります。

救急ガイドラインなどでは、熱中症が疑われる場合には、首、脇の下および鼠径部に氷など冷たいものを当てるように言われていますが、手のひら、足の裏、両頬(AVA)を10~15℃のもので冷やした場合、深部体温が一番下がったのは後者のAVAがある箇所のほうでした。

なぜ10~15℃かというと、急激に冷やすと生命維持において重要な心臓や脳がびっくりして、下げないほうがいいと判断してしまうからだそうです。

手のひら冷却で、大リーグ投手のコントロールが改善

さらに興味深いのは、この分野の第一人者であるスタンフォード大学のクレイグ・ヘラー教授によると、懸垂や筋力トレーニングの合間に手のひらを冷やすことで、運動できる回数が増えるという実験結果があるうえ、手のひら冷却によって大リーグの投手のコントロールまで良くなったそうです。

そこで私は、先述のスポーツ庁の委託事業の一環として、手のひら、首、頭を冷却するツールを4年かけて開発し、東京オリンピックの選手村に常備しました。

これらのツールは、陸上、カヌー、ボート、スケートボード、近代五種、トライアスロン、テニス、セーリングなど、さまざまな競技の選手たちに活用してもらいました。

また、2022年には一般向けにも「Recovery PALM」「Recovery NECK」として発売され、現在ではゴルフ界をはじめ広く利用されています。

一般の方であれば、たとえば小さなペットボトルに水を入れて凍らせたものを持ち歩くだけでも十分です。

夏場に外出する際は、ペットボトルにハンカチを巻いて手に持ち、外気温が高くなってきたら、頬や首に当てて冷やすと良いでしょう。

杉田正明『トップアスリートが実践している世界最強の健康マネジメント』(アチーブメント出版)(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

※当記事は「PRESIDENT Online」からの転載記事です。元記事はこちら。

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。