スニーカーの軽さと革のパンプスのエレガントさを併せ持つ――。そんなニットシューズのブランド「steppi(ステッピ)」を大手アパレルメーカーのオンワード樫山(東京都中央区)が2022年に放つと、2年で10万足を売るヒットとなった。3種類でスタートすると現在はブーツなどを含めて64種類に広がっている。チーフ・クリエイティブデザイナーを務める木下知都江さん(47)に開発の舞台裏を聞いた。

 婦人服を主力とする会社が、ほかにも稼げる分野をと本格的な靴作りへの参入を決めた。海外マーケットの分析から素材はニットに絞り込む。

 19年、数人で立ち上げたチームに開発デザイナーとして参加した。入社前の履歴から期待され、選ばれた。神戸のメーカーや東京の問屋で革の婦人靴デザイナーとして経験を重ね、オンワード入社後は主に雑貨デザインを担当していた。

 ニットシューズで目指したのは、革のようにエレガントで、スニーカーのように軽く履きやすい靴。蒸れにくく、防水・撥水(はっすい)の加工ができて、水洗いもできる。「こんな便益があって、革のようにきれいなパンプスがニットで作れたら、もういいことしかないやんって思った」

 最大の難関は、柔らかいニット地で革靴のような立体感を出すことだった。靴はつま先を頭、かかとをお尻に例える。「ウエストからお尻にかけてキュッと締まる感じが難しい。ニットだと柔らかすぎてガバッと開いてしまい、美しいたたずまいを出せない」

 どんな生地を使えばいいのか――。社内に蓄積されたニットの知識が生きた。「ニットの神様みたいなデザイナーたちに相談できる環境があった」

 糸を細くすると、きめ細かい生地ができるが薄くてぺらぺらになる。ちょうど良い加減を探すため、糸は約20種類、編んだ生地は約120種類を試した。

 木型は革靴専門の職人とニット向けに調整を重ねた。試作品は社内で募った50人のモニターに履いてもらい、感想や意見をもとに生地と木型の修正を繰り返した。

 試行錯誤は2年近く続く。そんな後輩の姿を、かつて同じ職場にいたテクノロジーグループ・クリエイティブマネージャーでデザイナーの松田博子さんは「美を追求する強い情熱を持ち、ぶれない」と評する。

 22年に発売すると、その年、会社として初めてグッドデザイン賞を受けた。「従来のパンプスの概念を刷新し、カジュアルでありながらエレガント。現代のライフスタイルに寄り添う履物」と評価された。

 24年には整形外科医100人超のアンケートをもとに、手で触れずに着脱できるニットシューズを開発する。「医療現場で働く人々の声を形にした結果、誰もが使いやすく履き心地が良いデザインの靴が生まれた」として、再び同賞を受けた。

 ニットの強みは機能性のほかにもある。一枚の生地のなかで色や編み方を変えられるため、革靴よりもデザインの幅が広がり、デザイナーとしての腕が存分にふるえる。

 ヒントを得ようと、外に出ると人々の靴が気になる。「人の足元ばかり見ています。たまにsteppiを履いている人を見ると握手したくなる」

略歴

 きのした・ちずえ 神戸市生まれ。神戸芸工大卒。建築会社や靴メーカーなどを経て2014年、オンワード樫山に入った。雑貨デザインを担当し、現在はニットシューズをデザインする。

凄腕のひみつ

 幼いころから絵を描くのが好きだった。みんな褒めてくれるのに、父方の伯母だけは違った。代わりに「もっと大きくダイナミックに」「こう直すといいよ」と教えてくれた。

 「絵描きのおばちゃん」と呼んでいたその人は、抽象画家の故木下佳通代(かずよ)さん。昨年から今年にかけて大阪中之島美術館などで没後30年の大規模な回顧展が巡回開催された。

 自宅には作品数点を飾っている。「見ると、アトリエで真剣に創作していた姿を思い出し、背筋がピンとするんです」

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