「抱っこしてみませんか?」
神戸市に住む女性(32)は、昨年5月に兵庫県内で開催された犬の移動販売会に、小学生の娘らと共に訪れた。スタッフに勧められるがままに子犬を抱っこした。人懐こく手に収まる愛らしい姿に心奪われた。
だが、家族として迎え入れたミックス犬のムギちゃん(仮名)は、2週間後に息を引き取った。感染症だった。
購入4日目に体調悪化
きっかけは、家に届いた1枚のチラシだった。
<子犬約110匹大集合! 来て見て遊べて連れて帰れる楽しい展示販売会開催!>
飼っていた愛犬が死んで8年あまり。新たに犬を迎えたい気持ちをずっと抱き続けていたタイミングで目にしたチラシだった。
移動販売での購入は想定していなかったが、愛くるしいたくさんの子犬の写真に興味をそそられた。
販売会場は、道の駅に隣接した多目的展示ホール。生後数カ月の小さな子犬から大型犬のゴールデンレトリバーやサモエドまでがケージに入れられてずらりと並んでいた。
ムギちゃんは生後2カ月ほどで、価格は約10万円だった。
ペットショップで見てきた相場と比べると安く感じた。ミックス犬であることに加えて、スタッフはこう説明した。
「ブリーダーからまとめて引き取っているのでコストが抑えられています」
家族にしたいと、その場で購入を決めた。
ムギちゃんに異変が生じたのは家族に迎え入れて4日目の朝だった。朝、エサを食べずにぐったりしていることに家族が気付いた。
動物病院で検査すると、パルボウイルス陽性と告げられた。潜伏期間は4~7日程度と言われ、感染力が強く、幼犬では致死率の高いウイルスとされている。
毎日通院したが、下痢がひどくなり、次第に自分で歩くことも水分を取ることもできなくなった。
家族として迎え入れて2週間後、ムギちゃんは吐血して息を引き取った。小学生の娘は大きなショックを受けた。
対応待つも、連絡つかず
パルボウイルスは、主に犬の排せつ物などを介して感染が広がるが、他に飼っているペットはおらず、散歩はもちろん、他の犬と遊ばせたこともなかった。感染経路は購入元しか思い当たらなかった。
因果関係を証明することはできないが、女性は移動販売が原因だったと考えている。
移動販売で購入後間もなく体調不良になった犬猫を数多く診察・治療し、実際に移動販売会にも足を運んだことがある静岡県の獣医師によると、こうした移動販売の犬猫が体調を崩すケースは珍しいことではないという。
「幼犬にとって閉鎖的なトラックで長距離移動させられる心身の負担は大きいでしょう」
過去に犬猫の移動販売をしていた業界関係者や、動物愛護団体によると、移動販売では、わずか2~3日の展示販売のために長距離の往復を余儀なくされる。
乗り物酔いで休息を十分に取れない場合もあるほか、移動中の車内は密閉空間に近い。感染症がまん延したり、熱中症になったりするのは珍しいことではない。
免疫や体の発達が万全でない生後間もない子犬や子猫にとっては過酷な旅だ。
ムギちゃんが亡くなった日、女性は購入した際にスタッフから伝えられていた携帯電話番号に連絡した。
「代替のワンちゃんを連れていくので、気持ちに整理がついたら連絡ください」
電話越しに応対したスタッフが、慣れた様子で淡々と話したことに不信感が募った。
インターネットで調べると、購入後の同様のトラブルを巡る書き込みが他にもあった。
女性は代替の犬を断り、代わりに購入代金を返金するようもちかけた。そして事業者の求めに応じて、動物病院で「パルボウイルス」と記載された診断書を提出したが、やり取りの途中で、業者に何度電話をかけてもつながらなくなったという。
「ほとんどが泣き寝入り」
女性に子犬を販売した事業者を探して、責任者の男性を取材すると「生き物ですから購入後の問題がゼロっていうのはありえない。(トラブルが起きた場合は)お客様とは話している。お客様と保健所以外の第三者からの問い合わせにはお話しできかねる」と述べた。
だが、女性が電話をかけてもつながらなくなったように、各地を転々とする事業者は、販売する地域に常設の店舗を持たないことが多い。
移動販売での被害相談などに携わる「日本動物福祉協会栃木支部」の川崎亜希子支部長は、購入後に何か起きても連絡がつきにくく、結果として女性のように「ほとんどは泣き寝入りしているのが現状」と説明し、こう続けた。
「動物だけでなく、飼い主もつらい思いをする商業モデルが続いており、法改正で禁止へと踏み込むことが必要です」【松山文音】
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