
金箔(きんぱく)や螺鈿(らでん)を使った華やかな琉球漆器が変わり果てていた。
漆の塗膜のあちこちに亀裂が入っていた。
包装用の薄紙が漆器に張り付き、はがせなくなっていた。
- 【連載初回へ】沖縄の宝を奪った、とぐろ巻く炎 国も動いた
2019年、沖縄県の首里城火災で被害を受けたのは、正殿などの建物だけではなかった。
城内にあった琉球漆器を始めとする美術工芸品約1500点のうち、約390点が焼失した。残った美術工芸品も火災の熱や消火活動の水などで傷み、修理が必要なものは約360点に上った。
修理「20年以上かかる」
首里城を管理する沖縄美(ちゅ)ら島財団の幸喜(こうき)淳・琉球文化財研究室長(51)は「正殿は26年秋に完成するが、美術工芸品の修理は息の長い話になりそうだ」と話す。修理の完了には今後20年以上かかると見込む。
火災が起きた19年10月31日、幸喜さんは現場に駆けつけ、美術工芸品の無事を願った。
延焼した首里城の南殿や黄金御殿(くがにうどぅん)、寄満(ゆいんち)には、展示室や収蔵庫がある。琉球漆器だけでなく、琉球王国時代の国王の書や染め物といった貴重な品が収められていた。
首里城の城郭に着いたのは午前5時ごろ。正殿から少し離れた高台に向かい、展示室や収蔵庫を見下ろそうとした。煙と灰がひどく、何が起きているか見えなかった。
展示室や収蔵庫から収蔵品を運び出せたのは、鎮火翌日の11月1日から3日にかけてだ。
防火戸や扉をエンジンカッターで破って中に入った。まだ火の気が残っていた。ガラスの展示ケース内から火が上がり、消防がケースを割って水をかけることもあった。消火に使った水が床にたまって湿度が高く、サウナのような状態の収蔵庫もあった。
「無事であってほしいと思っていたが、中に入るとやっぱり厳しかった」
沖縄戦もくぐり抜けたのに
収蔵品を一時保管場所の沖縄県立博物館(那覇市)に移し、被害を確認する作業が始まった。
県内の博物館や美術館の学芸員らの協力も得て、修理が必要なものや焼失してしまったものなどに分類していった。
作業の中で、沖縄戦をくぐり抜けた貴重な美術工芸品の被害が明らかになった。
特に深刻だったのは、琉球漆器だ。
漆器は通常、数百年の間に少しずつ漆の塗膜が剝がれたり、退色したりする。しかし、「火災の熱と消火の水で、一気に100年、200年単位の劣化が起きてしまった」という。さらに、火災の影響で、漆器を包んでいた和紙が漆器に張り付いてしまっていた。
収蔵品の修理は21年から本格化し、24年度までに漆器61点、絵画5点、陶器23点の修理が終わった。
漆器の修理は沖縄と東京で進めている。張り付いた和紙は重曹水や精製水を布や綿棒に含ませて慎重にはがす。他にもはがれそうな螺鈿を固定したり、漆を補ったりと、繊細な作業が続いている。
幸喜さんは「琉球漆器の修理ができる人は数えるほどしかいない。安定的に修理ができるように、人材育成も大切だと感じている。修理期間は延びることはあっても短くなることはないと思う」と話した。
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Aストーリーズ「燃え落ちた宝」初回へ
Aストーリーズは、多彩なテーマでお読みいただける朝日新聞えりすぐりの連載シリーズです。首里城の火災が起きた2019年、日本の文化財の防火政策が大きく変わりました。浮かび上がった課題と、対策に動く人びとを追います。
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