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<英国だけで年間670万kgが埋め立て処分される髪の毛。これを資源にする試みが始まっている>
美容院や理髪店で切った髪の毛は、通常はごみとして捨てられるが、一部はヘアドネーション(髪の寄付)されたり、集めて毛髪マットに生まれ変わり、海や河川の汚染処理(マットに油分を吸収させる)に使われている。
毛髪マットは、フランスのコワフュー・ジューステ(1人の美容師が立ち上げた協会)が10年来作っている。ベルギー、オランダ、ルクセンブルクでは、ベルギーの非営利団体ダーン・ダーンが主導する「ヘア・リサイクル」と呼ばれる毛髪マットのプロジェクトが展開しており、2022年には毎月6トンの髪の毛が回収された。
一方、集めた髪の毛を身近なアイテムに変えるユニークなプロジェクトも進められている。
毛髪を編み、生活用品にアップサイクル
昨年、ロンドンで、サステナブルな素材を使ったデザイン展を訪れた時、一風変わった実用品に出合った。コルク、生分解性プラスチック、オレンジの皮、リサイクルアルミニウムといった素材を使った展示品のなかに、カットされた頭髪から作られた糸やロープがあった。
これらの糸やロープは洋服の飾りや、鏡のフレームおよび吊るすための紐として使われていた。また、犬用リードも展示されていた(1本190~210ポンドで購入可能)。
犬用リードの特徴
主にロンドンの美容院で集めた髪の毛100%で作られたリードは、首輪に取り付けるステンレス製フックが付いたシンプルなデザイン。集めた髪本来の色を活かし、茶色や黒をベースにグレーやゴールドが混ざった色合いだ。
手入れは洗髪と同じく、汚れたらシャンプーで洗うことが推奨されている(自然乾燥させる)。古くなった使用済みのロープは堆肥化できる。
スタジオ・サンネ・ヴィッサーの取り組み
このプロジェクトは、ロンドンの「スタジオ・サンネ・ヴィッサー」によって進められている。サンネ・ヴィッサーさんは、現在、ロンドン芸術大学で教鞭を取り、研究も行っている。循環型社会の実現に向けた解決策の1つとして、「毛髪を資源として活用する」という新しいアイデアを展覧会やワークショップを通して発信している。
スタジオでは、集めた髪の毛を洗浄・殺菌し、色によって分けてから、糸車を使って糸をつむぐ。それらの糸は、ヴィッサーさんが開発したロープ製造器で、ロープに加工される。
美容師の意識変化
イギリスでは、毎年、推定670万キログラムの髪の毛が埋め立て地に捨てられている。髪の毛は強度が高く、熱によるダメージにも強く、生分解性があるため、広く利用されれば環境に確実に良い影響を与えるだろう。
約10年前、ヴィッサーさんがカット後の髪の毛を使って研究を始めた頃は、美容師たちは髪の寄付に消極的だった。しかし、髪のリサイクルに対する考え方が変化し、美容院の協力を得やすくなった。昨年からはロンドン・ニューハム区の美容院とタッグを組み「ヘアサイクル」という新しいプロジェクトも始まった。
繊維産業で毛髪利用を広める計画
オランダのスタートアップ「ヒューマン・マテリアル・ループ」は、カット後の髪の毛で繊維を作り、カーペットなどのインテリア用品や衣料品の原料として活用するプロジェクトを進めている。同社は、ハーグ王立美術学院の講師も務めるCEOのゾフィア・コーラーさんによって、2021年に設立された。
ヒューマン・マテリアル・ループは、毛髪タンパク質(ケラチン)から作られた繊維「ādara™」を開発した。回収された髪の毛は洗浄・殺菌された後、機械で繊維化される。ādara™は、強度と柔軟性において合成繊維に匹敵する。
製造工程が複雑ではないため環境負荷は小さく、地球温暖化への影響は、綿の98分の1、ウールの47分の1に過ぎない。
戦略的な市場選択
コーラーさんがプレゼンテーションで着用していた黄色いベストのように、ādara™100%製の衣類も作ることができるが、ファッション業界はトレンドの変化が早く、製品のリサイクル体制も遅れているため、衣料品向けに特化はしていない。
主として、インテリア製品や商業施設の建築材(防音パネルなど)の領域で広めていきたい。ādara™は100%リサイクル可能で、徹底した資源循環に貢献する。
同社は2023年に、オランダ最南端のリンブルフ州の地域開発機関(LIOF)から助成金を受け、220kgの髪の毛を処理する計画をスタートした。
普段の生活でよく使う物に毛髪が使われていると聞くと、「人間の髪まで使われているのか?」と驚く人は多いだろう。リンゴやパイナップルなどの果物、キノコ(菌糸体)、コーヒーかすなどから作られたエコ素材のように、斬新なアイデアの実用化を目指すことは高く評価したい。
毛髪加工品が本格的に地球温暖化の対策として社会に広く受け入れられるには、「人間の髪を使った製品」への心理的抵抗や、大規模な回収・処理システムの構築など課題も多く、本格普及にはまだ時間がかかりそうだ。それでも、循環型社会の実現に向けて、これまで単なる「ゴミ」だった髪の毛が貴重な「資源」に生まれ変わる取り組みは、持続可能な未来への重要な一歩といえるだろう。
【関連リンク】
コワフュー・ジューステ: https://coiffeurs-justes.com/
スタジオ・サンネ・ヴィッサー: https://sannevisser.com/
ヘアサイクル: https://haircycle.org/
ヒューマン・マテリアル・ループ: https://tocco.earth/article/the-human-material-loop-turns-hair-into-the-future-of-fiber/
[執筆者]
岩澤里美
スイス在住ジャーナリスト。上智大学で修士号取得(教育学)後、教育・心理系雑誌の編集に携わる。イギリスの大学院博士課程留学を経て2001年よりチューリヒ(ドイツ語圏)へ。共同通信の通信員として従事したのち、フリーランスで執筆を開始。スイスを中心にヨーロッパ各地での取材も続けている。欧米企業の脱炭素の取り組みについては、専門誌『環境ビジネス』『オルタナ(サステナビリティとSDGsがテーマのビジネス情報誌)』、環境事業を支援する『サーキュラーエコノミードット東京』のサイトにも寄稿。www.satomi-iwasawa.com
【動画】日用品を頭髪製の糸やロープで作るアーティスト
イギリスのサンネ・ヴィッサーさんは、循環型社会の実現に向けた解決策の1つとして、「毛髪を資源として活用する」という新しいアイデアを展開している。 STUDIO NAR / YouTube
【動画】毛髪から作られた黄色いベストを着用してプレゼンするスタートアップ代表
毛髪製の繊維は強度と柔軟性において合成繊維に匹敵するという。 What Design Can Do / YouTube
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