パリで着物の魅力を伝える活動を続けている福西園さん(写真提供:福西園)
<ハイファッションと着物、両方を知り尽くした女性が見据える着物の未来とは>
ファッションの最先端を行くパリでは、漫画やアニメを含む日本文化の人気を背景に、古着の着物(主に絹製)を販売する店やオンライン販売が着実に増え、日本の着物がファッションアイテムとして認知されつつある。しかし、適切な手入れ方法を知らないまま自宅で洗濯してデリケートな生地を傷め、捨ててしまう人も少なくないという。着物本来の価値が十分に伝わっていないのが現状だ。
そうした現状に危機感を抱き、行動しているのがパリ在住の福西園(ふくにし・その)さんだ。着物とハイファッションに精通した彼女は「着物を長く着続けてほしい。着物とは何かをしっかり伝えたい」との思いから、現地のメディアに度々出演して着物について話している。フランスでの着物文化の普及に対する貢献が認められ、最近は、日仏プレス協会が出版する『フランスで日本を代表する30人』25‐26年版*にも選出された。彼女の活動について話を伺った。
*これまでに、シェフの小林圭氏、建築家の隈研吾氏なども選出された
パリで着物を販売
福西さんはパリでファッションデザインを学び、ファッションと食に関するマーケティングコンサルティング会社を設立したり、大きなファッションブランドにも関わった。着物は日本にいた頃から着ていたが、15年前の東日本大震災時、NPO法人・パリ小町を立ち上げて行った着物姿での募金活動で、着物のよさを改めて認識。その気持ちは、全日本きもの振興会の「きもの文化検定」取得につながった。
そして、単に伝統文化としての着物というより、"現代のファッションの視点から見ても意味のある衣服"として着物のことを伝えたいと、2020年5月、着物の総合店「Comptoir de Kimono」(着物のカウンター)をオープンした。
世界に発信するため、ファッションのMBAを取得
福西さんが並々ならぬ覚悟で開業に臨んだことは、厳しい学業を修めたことからもわかる。彼女は、着物を広めるのであれば、ファッションのトップレベルの世界を理解したうえで取り組む必要があると考えた。そのため、ファッション界で世界的に有名なフランス・ファッション学院(Institut Français de la Mode)の「エグゼクティブMBAコース(ラグジュアリーファッションの経営者を育てるコース)」に入学した。財務からプレゼンの仕方まで学び(エルメス社長にプレゼンする授業もあった)、開業に備えた。
開業がコロナ禍の真っただ中だったこともあり、想定していた客足には届かなかったものの、終息後は大きく増加し、撮影用のレンタルの依頼も頻繁に来た。ただ、品質や顧客体験を維持するため、スタッフに任せきりにするのではなく、彼女自身が接客に多く関わる必要があった。また、イベントや啓発活動が思うように進まないもどかしさも感じていた。利益のために、足袋ソックスなどの和風小物の品揃えを増やし、収益構造とのバランスをとる難しさも感じていたため、5周年を機により持続可能な形へと活動を再構築した。
そして彼女は今年に入り、高級レインウェアのブランド、ノルウェージャン・レインのパリ本店にて着物の販売を再開。同ブランドの共同設立者兼デザイナーで福西さんの友人のT-マイケル氏が「うちの店で、着物を売ってみてはどう?」と言ってくれたのがきっかけになったという。

日本の染織文化は格別
福西さんが伝えたい着物の大きな魅力は2つある。1つは、日本の染織文化そのものの素晴らしさだ。「着物文化は、糸づくり、染め、織りといった工程ごとの高度な職人技術が結集して成り立っています。多くのフランス人は着物の柄は機械作業によるものだと思っていて、まさか手仕事で作られているなんて、と驚きます。本当に、どの反物をとっても素晴らしいですね。自分らしいスタイルや自由な組み合わせを楽しむために、着物は重宝すると思います」と話す。
福西さんはフランスの民放最大手TF1のルポルタージュ番組に出演した際、奄美大島の大島紬を探る旅をした。個人的に大島紬も大好きだというが、「特定の織物のことを伝えるだけではなく、日本の染織文化全体の価値を紹介したいと考えています」と語る。
着物の構造は無駄が少ない
もう1つの魅力は、現在ファッション業界で議論されているサステナビリティだ。着物は直線裁断で布の無駄が少なく(糸をほどくとほぼ一反に戻る)、仕立て直しやサイズ調整が可能で、世代を超えて長く着続けることができる。手縫いのため生地も傷みにくい。一方、着物と同様に高級な衣料であるオートクチュールは顧客の体型ぴったりに仕立てるため、例えば母から子へと譲ることは難しい。
「洋服は20年以上経つとヴィンテージとみなされますが、着物は80年経ってようやくヴィンテージといえると思います。非常にサステナブルです」と福西さんが言うように、着物の生地は3世代で着た後でも使用に耐え、最長150年も持ちこたえる「究極のエコファッション」なのだ(全天然素材の場合は、焼却・堆肥化も可能)。
パリでは、こうした着物の優れた点を売り手も買い手も理解していないことが多いと福西さんは指摘する。
「着物は直接肌にふれるものではありません。洋服で例えるなら、カシミアのジャケットのようにアウターとして着るものです。そういった上着は汚れを拭き取るだけで、自宅で洗う人はいませんよね。でも、着物のことを理解していないがゆえに着物を洗濯してしまうのです」
基本的なことも含め、正しい情報を発信していかなければという強い思いが彼女のなかに込み上げている。アイデアはいろいろあり、これまで時間が取れずにいたユーチューブでの発信も始めていきたいとのことだ。

「着物を回収するシステム」の構築
もう1つ、福西さんにはどうしても実現したいことがある。それは、日本やヨーロッパで廃棄されている着物を回収してきちんと分別し、着物として、または着物の生地を使った洋服としてパリで売る、という「着物を循環させるシステム」作りだ。あまり知られていないが、シミや穴がある着物(シミ抜きは高額)だけでなく、ウールやポリエステルなど絹製以外の様々な着物も大量に捨てられているという。
そして、金銭的な還元も考慮している。福西さんは、その収益の一部を日本で着物作りに携わる人たちに還元したいという。福西さんいわく、オートクチュールは仕立て代が素材よりも高いが、着物の場合は、価格の大部分は生地代で占められているという。
「例えば、1000時間以上の手仕事を要する総絞りの新品の着物の相場はおよそ100万円です。しかし、この価格でも実際には人件費を十分に賄えているとはいえません。一方で中古の総絞りは3万~5万円ほどで流通しているため、消費者から見ると『似たような着物なのに価格が大きく違う』という印象になりがちです。つまり、着物市場は一次市場(新品)と二次市場(中古)の価格構造が完全に乖離しているのです。そうした状況では新品の価値や価格の背景が伝わりにくく、市場としても成り立ちにくい構造になっていると感じます。
着物業者への様々な資金援助はありますが、展示会参加用のためといったように一時的な支給で、申請手続きも煩雑です。着物職人の賃金や休暇にもっと配慮し、豊かに暮らしていけるようにすることが、本当のサステナビリティにつながると思います。そうしないと職人の数は減り続け、将来、着物の生産量がさらに減ってしまうと思います」

ファストファッションは自分を大切にしない衣料
福西さんと、スローファッションともいえる着物について話しながら、ファストファッションブランドのSHEIN(シーイン)に話が及んだ。SHEINは昨秋、パリの老舗百貨店に世界初の常設店をオープンし、現地で物議を醸している。2月には、フランスの中小企業相パパン氏が、同社のフランスでの売り上げが急落することを願うような発言をしたことが議論を呼ぶなど、同社の今後の展開が注目を集めている。
「ファストファッション支持者にとって、その魅力は、多額の費用をかけずに新しい服を買えることです。でも、ファストファッションは長持ちせず、すぐに着心地が悪くなり型崩れします。着ては捨てを繰り返していたら、結局お金を節約できないでしょう。
短期間だけ着られればいいのだという気持ちで生活していくことは、長い目で見ると自分のためによくないと思います。衣類をはじめ、"とりあえず" の物で身の回りを揃えたら、とりあえず生きていることになる。すぐにごみになるものに囲まれていると、"あなたは大した価値がありません"と、自分自身に常にメッセージを送っているようなものです。人間に与えられた、考える力を放棄しているような気がしますね。
ファストファッションについては、手持ちアイテムに合うかどうかをじっくり考えてから少しだけ買うフランス人も割といます。ただ、便利さに慣れた多くの人にとっては、"いま環境に配慮することが将来の自分の健康や生活によい影響を与える"という認識に切り替えるのは難しいかもしれません」
批判は気にせず前進
「着物は心に余裕を与えてくれる点でもおすすめです。私が所持する着物の多くは絹製ですが、繭玉を紡いだ何千匹もの蚕の命が着物に宿っている気がして、着物を着ていると"自分1人ではない"と思え、大きな自信がわいてくるのです。ファストファッションでは得られない感覚です(笑)。
私の活動は、誰に頼まれたわけでもありません。外国で着物文化を根付かせようなんて馬鹿げている、やめるべきだと時には言われます。でも、批判する人たちが私の代わりに活動してくれるわけではありませんし、いつか、たくさんの人たちが着物を1枚は持っているという日が来ることを夢見て、これからも活動していきます」
フランスでは2022年1月より、アパレル系企業に対して、売れ残りの衣類廃棄を禁止し、寄付やリサイクルすることが義務となっており、EUでも今年7月から大企業に同様の転換が迫られる(中堅企業は2030年から適用予定だが、企業規模により前後する模様)。企業が変わり、個人も少しずつ変化していけば、ヨーロッパにおいてサステナブルな着物への注目度はもっと高まっていくかもしれない。福西さんの地道な活動を応援したい。
[執筆者]
岩澤里美
スイス在住ジャーナリスト。上智大学で修士号取得(教育学)後、教育・心理系雑誌の編集に携わる。イギリスの大学院博士課程留学を経て2001年よりチューリヒ(ドイツ語圏)へ。共同通信の通信員として従事したのち、フリーランスで執筆を開始。スイスを中心にヨーロッパ各地での取材も続けている。欧米企業の脱炭素の取り組みについては、専門誌『環境ビジネス』『オルタナ(サステナビリティとSDGsがテーマのビジネス情報誌)』、環境事業を支援する『サーキュラーエコノミードット東京』のサイトにも寄稿。www.satomi-iwasawa.com
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