東京2025世界陸上・男子ハンマー投代表の福田翔大(24、住友電工)と、室伏重信コーチ(79)のコンビが15日に世界陸上に初挑戦する。この種目の日本代表は室伏コーチが第1号で、1983年の第1回ヘルシンキ大会に出場した。その後は室伏広治(50、04年アテネオリンピック™と11年テグ世界陸上金メダリスト。現スポーツ庁長官。室伏コーチの長男)が9大会(95、97、99、01、03、07、09、11、13年)に、土井宏昭が1大会(07年)に出場してきた。そして今大会の福田と、本人以外3人の代表全員が室伏コーチの指導を受けている。4人目の男子ハンマー投代表、3人目の室伏門下選手は、どんな成長をして、現在どんな課題を持って世界陸上に挑もうとしているのか。
今季のテーマは“顎を締める”
福田は現在の課題を「顎を締めること」だと強調する。
「最近は最低限の締め方ができるようになって、日本選手権の5投目(74m45)、6投目(74m57)の投げができましたが、悪い時はわけがわからない方向に(顎が先行してハンマーを)引っ張り上げてしまいます」
顎を締められないと、力に頼ってハンマーを引っ張るような動きになる。大学3年(21年)まではその動きでも71m37まで自己記録を伸ばしたが、頭打ちが来て大学4年時のシーズンベストは70m64。競技人生で唯一、自己新を出せなかった。
顎を締めることの目的はハンマーヘッドを動かすこと。右奥から正面にハンマーを振り出すところで、さらにその先までハンマーヘッドを加速させる。その分速く、左脚を軸に回転して右脚を着かなければならないので、回転スピードも速くなる。福田自身の感覚としては「思い切り振る」動きになる。
しかしその動きは簡単ではない。今年5月の静岡国際(71m86で優勝)では、勢いあまって転倒してしまった。
室伏コーチによればアジア選手権(71m89で3位)を経て、コンチネンタルツアー・ナイロビ大会(72m77で5位)に出場したことで「吹っ切れた」という。ナイロビ大会には23年ブダペスト世界陸上と昨年のパリ五輪金メダリストであるE.カツバーグ(23、カナダ)をはじめ、福田より自己記録が上の選手が多数出ていた。
「世界トップ選手たちがどんどん振っているのを目の前で見て、自分もそこを見直そうと意識を変えることができた。そこで重要なのが本人の感覚です。私が“こうやればこうなる”と説明しても、本人にその感覚を持てないとできません」
つまり福田は、その感覚を持てるまでに成長していた。
将来性を優先した高校時代のトレーニング
福田はどんな成長過程でここまで来たのだろうか。
中学で部活動を始める時、ソフトテニス部か陸上競技部かで迷った。「陸上競技部の方が厳しい雰囲気でしたが、1つのことに集中したいと思いました。捨て身じゃないですけど、思い切って自分を懸けて行動すること、そういった努力の仕方を学んだ気がします」
走幅跳から始め110mハードル、砲丸投と種目を変えていった。全日本中学選手権には出られなかったが、大阪桐蔭高の花牟礼武先生(当時)に、ハンマー投選手としての資質を見出された。住友電工の先輩の多田修平も、高校時代に花牟礼先生の指導を受けている。
「花牟礼先生は高校で記録を出させるより、大人になって伸びる指導をしてくださいました。肩関節や股関節の可動域を大きくすることを重視したり、ウエイトトレーニングは股関節の伸展を使ってやれる範囲に抑えたり。インターハイはハンマー投も砲丸投も4位でしたが、『将来伸びるから今、こういう練習をしている』と説明していただきました」。
インターハイは勝てなかったが、10月のU20日本選手権は66m66のシーズン高校2位記録で優勝した。
そして19年に日大に進学したのは、花牟礼先生から「世界を目指すなら室伏コーチの指導を受けるべき」という助言があったからだ。実際に日大のグラウンドに行くと、日本代表選手たちが多数いた。投てきでは東京世界陸上に出場する男子やり投の崎山雄太(29、愛媛競技力本部)が3学年上で、女子やり投の北口榛花(27、JAL)が2学年上にいた。男子走幅跳の橋岡優輝(26、富士通)は1学年上になる。リオ五輪男子4×100 mR銀メダルメンバーのケンブリッジ飛鳥もいた。
「代表経験選手と話すこともできて、モチベーションになりました。そういった選手と同じグラウンドで練習したら、自分も満足できなかったですね」。
大学1年時は59m70がシーズンベストにとどまったが、2年時に69m61と10m以上記録を伸ばした。「技術の引き出しが、練習をするほど増えていきました。ウエイトトレーニングも伸びた理由でしょう。それで高校のトレーニングが良かったこともわかりました」。
大学3年時の21年には70m台の大台に乗せ、日本選手権も初めて制した。「うっすら五輪や世界陸上に出たいと考え始めましたが、まだ現実的ではありませんでした」。
しかし大学4年時の22年は、前述のようにシーズンベストが70m64と、初めて自己新記録を投げられなかった。「大学3年まで無理矢理投げていたツケが出たのだと思います。大学3年までは室伏先生の言われるとおりにやって、たまたま記録が出ていただけです。本質的な理解ができていなかったのだと思います」。室伏コーチも「一度良くなっても、次の試合で大きく崩れたりしていた」と言う。
大学院に進んだ23年は自己ベストを72m18に伸ばしたが、福田自身は「落ちていた大学4年時より戻っただけで、大きな感覚をつかんだとは思っていません」と、あまり評価していない。
24年に住友電工に入社。22年から大阪夢プログラムの支援を受けていて、海外の指導者の指導も受けられるようになり、73m91に自己ベストを伸ばした。「記録を73m台まで伸ばせて、世界ランキングでパリ五輪に出られるかもしれない、というところまで行きました。去年から(五輪&世界陸上を)しっかり意識し始めました」。
そして今季の「顎を締める」投げに至っている。
東京世界陸上で室伏コーチ超えを
現時点の日本歴代リストは以下の通り。
84m86(03年)室伏広治
75m96(84年)室伏重信
74m57(25年)福田翔大
74m08(07年)土井宏昭
73m35(24年)中川達斗
中川も力を伸ばしているので、今後歴代上位に食い込んでくる可能性はあるが、現時点では室伏コーチ本人と室伏コーチが指導に関わってきた選手が歴代4位までを占めている。
室伏コーチの指導は画一的ではない。ハンマーヘッドを加速させることなど追求する基本的な動きもあるが、「顎を締める」のはアプローチ法の1つ。ここまでの福田の成長と動きを見て、今季からそこを重点的に意識させ始めた。
海外コーチのもとで武者修行をさせることも、室伏コーチはいとわない。福田はカツバーグの指導者のもとで、昨年12月から1月頭までトレーニングをした。「室伏先生とは違う言葉を外国コーチは使います。それを聞いた時にアプローチ方法が違うだけで、ゴール地点は同じなんだろうな、と理解できました。外国人コーチから言われて崩れた部分もありましたが、シーズンに入って試行錯誤をして、今までと違う感覚をつかめた技術もあります」。
福田はまだまだ成長途上。28年ロサンゼルス五輪を「28歳と一番良い年齢で迎えられる」と考えているが、客観的に見ればピークは、もう少し先かもしれない。「最終的には80mを投げてメダルを取れる選手になる」ことを目指している。
東京世界陸上はこの種目では、13年モスクワ世界陸上の室伏広治以来12年ぶりの出場となる。福田は「76mを投げれば、決勝に行けるかな。自己記録を1m半更新しないといけませんが、そこを目標にします」と初の世界大会をイメージしている。
その記録を達成すれば日本歴代記録でも、室伏親子の間に割って入ることができる。室伏コーチは「私の記録は抜くと思いますよ。ジャンプ力とスピードが特徴だった広治とはタイプが違いますが、体力面は福田の方がある。(砲丸の)バックスローは広治以上です」と言う。多くの要素が影響し合ってハンマー投の記録になるので一概に言えないが、福田には80mに近づいていく力があると言えそうだ。
その第一歩が、東京世界陸上になる。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)
※写真は福田選手(左)と室伏重信コーチ(右)
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