初めて見たとき、正直言って入るのをためらった。だが、今となっては毎日のように利用している。そんな店が英国のロンドンにある。

米アマゾン・ドット・コムが展開する「Amazon Fresh(アマゾンフレッシュ)」だ。英国には2021年3月に上陸し、ロンドン市内を中心に約20店舗を構える。

日本では、生鮮食品や日用品を配送するオンラインサービスとして展開されているアマゾンフレッシュ。ロンドンにはその実店舗があり、小型スーパーとして機能している。

特徴は「レジがない」こと。有人レジはもちろん、商品を自らスキャンするセルフレジすらない。どの商品を何個手に取ったかは、店内のカメラや商品棚のセンサーで捕捉し、購入額を自動で算出する。来店客は精算ゲートを通過するだけで、購入分の金額がカード決済される「ジャスト・ウオーク・アウト(歩いて出るだけ)」と呼ぶ決済システムだ。

会計の手間が省けるのは便利としか言いようがない。なぜ、入りにくいと感じたのか。エントランス(入り口)に改札のようなゲートがあるからだ。

ひとたび入店したら何か買うまで出られないのではないか。うまく決済ができるのか。手に取っていない商品が誤って請求された場合はどうなるのか――。幾つもの疑問が頭をよぎり、第一歩を踏み出せずにいた。

意を決して初訪問したのは、25年4月。英国立近現代美術館「テート・モダン」のすぐ裏手にあるサザーク店である。

ガラス越しに中の様子をうかがうと、レジなしスーパーでありながら常駐のスタッフがいる。常連客とおぼしき男性に続いて入店すると、あっけなく「WAY IN」と書かれたゲートが開いた。

コンビニサイズで手狭ながら、品ぞろえは優秀だ。野菜や果物、肉類、乳製品、卵、冷凍食品、お菓子、ソフトドリンク、缶詰などが棚に並ぶ。洗剤やトイレットペーパーといった日用品も最低限は取りそろえている。ベーカリーコーナーやコーヒーマシンも備え、年齢確認が必要な酒類も売られていた。

目を引いたのは、「Amazon Hub(アマゾンハブ)」というカウンター。ネット通販のアマゾンで購入した商品をここで受け取れる。店内で何も買わない場合は「Just browsing? WAY OUT」と書かれたゲートを通ればよく、これなら普段使いできそうだと感じた。

過大請求があった場合、どうする?

隅々まで歩き回った後、生ハムやパスタ、白ワインなど7点をかごに詰め込み精算ゲートへ向かった。

スタッフに決済方法を尋ねると、アマゾン会員ならQRコードをスマホでスキャンするだけで登録カードに請求が行くという。非アマゾン会員は、クレジットカードやデビットカードを決済端末に挿入するか、かざせばよい。ゲートが開けば、そのまま店を出るだけ。必要に応じて紙袋や割り箸を無料で持ち帰れるのもありがたい。全体を通してかなりスムーズな買い物だった。

ほどなくして、アマゾンアプリに通知が届いた。

「Your trip time was 20m 35s(あなたの旅行時間は20分35秒でした)」

どうやら長居したようだ。念のため、メールに届いたレシートを確認すると、会計は16.65ポンド(約3300円)だった。それぐらいかな、と一瞬思ったが、よく見ると明らかに買っていないアイテムが含まれている!

パスタはパスタでも、タリアテッレ2袋が、タリアテッレ1袋とニョッキ1袋になっている。無料の紙袋ではなく、なぜか有料のリユーザブルバッグを買ったことにもなっていた。金額にして2ポンドほどの請求ミスに過ぎないが、懸念していたことが起きた。

だが、レシートの下部を見ると「返金を請求する」という項目がある。タップすると、対象商品を選ぶ画面に切り替わった。送信すると、すぐにレシートの金額が修正された。

購入後に届いたレシート。なぜか有料のバッグなどが計上されていた
請求ミスのあったアイテムを選択するとレシート金額が修正された

結局この初回以降、4カ月半の間に計36回アマゾンフレッシュで買い物をした。そのうち請求ミスは3回あったが、間違われてもすぐに修正できると考えれば安心だ。

頻繁な価格変動が来店の動機に

アマゾンフレッシュの商品は需給や賞味期限によって、きめ細かく価格が変わる。同じ商品でも昨日と今日で価格が違うことも珍しくない。

例えば、つい最近も通常0.90ポンド(約180円)のレタスが、賞味期限が近づくにつれて値下がりし、最後は0.35ポンド(約70円)になった。他のスーパーがセールしていたヨーグルト飲料8本パックは、通常4ポンド(約800円)なのが2.5ポンド(約500円)となり、アマゾンプライム会員はさらに安く2.25ポンド(約450円)で購入できた。

買い時を逃さないためには、毎日チェックするしかない。それが来店動機につながっている。午前7時から午後11時までと営業時間も長く、決済もスピーディー。記者はすっかりヘビーユーザーになったが、アマゾンフレッシュそのもののビジネスは順調とは言い難い。

アマゾンは当初、ロンドンでアマゾンフレッシュを急拡大する計画を描いていた。しかし、23年には英国1号店の「イーリング・ブロードウェイ店」など3店舗を閉店。25年春には「リッチモンド店」を閉じた。出店よりも閉店が目立つのが現状だ。

完全なジャスト・ウオーク・アウトの店舗として運営できていないことが響いている。ロンドンでは初出店から4年半近くたった今も、決済時に戸惑う客が少なくない。そのため、スタッフが精算ゲートに立ち、"有人レジ"のように会計をサポートする光景をよく見掛ける。

レジなしスーパーはただでさえカメラやセンサー、ゲートの設置などでコストがかさむ。加えて来店客対応や品出しなどで、常に一定数のスタッフを置かないといけないとなれば、かなりの売り上げが確保できなければ採算が合わないだろう。冒頭のサザーク店では、何も買わない場合は、精算ゲートを通らずに外へ出られるつくりになっている。万引きを防止するにも人の目が重要になる。

米国の新店にはスマートカート導入

アマゾンフレッシュは、米国のカリフォルニア州をはじめ全米にも60店舗以上ある。

アマゾンは8月、米ペンシルベニア州フィラデルフィア市のノーザン・リバティーズに同市初のアマゾンフレッシュをオープンした。最初に出店計画を発表してから5年越しの開業となる。ロンドンのアマゾンフレッシュとは異なり、ディスプレー付きのショッピングカート「Dash Cart(ダッシュカート)」を導入した。

来店客はダッシュカートを押しながら店内を回り、手に取った商品のバーコードを読み取ってカートに入れる。カートにはセンサーやカメラが内蔵されており、カート内にある全ての商品を認識して、ディスプレーにリアルタイムでレシートを表示する。専用レーンを通ってカートを返却すると、決済が完了する流れだ。

多数のカメラとセンサーで来店客の動きを追うジャスト・ウオーク・アウトはコストがかかるため、大型スーパーへの展開は難しいとみて方向転換した形だ。

レジなしスーパーの運営で試行錯誤しているのは、アマゾンだけではない。

英スーパー最大手のテスコは21年、アマゾンに対抗してロンドンに「GetGo」を出店したが、いまだ4店舗にとどまっている。ドイツ発のディスカウントスーパー「アルディ」も22年、ロンドンに「SHOP & GO」を開業したが、2店舗目は出せていない。

テクノロジーへの投資とスーパーとしての採算性、買い物体験の向上という3つをどうバランスよく融合させるか。最適解の模索が続きそうだ。

(日経BPロンドン支局 酒井大輔)

[日経ビジネス電子版 2025年8月21日の記事を再構成]

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