写真=JR東海提供

「こんな列車を待ち望んでいたので、今回参加できて本当に良かった」──。愛犬と一緒に新幹線に乗り込んだ飼い主からは笑みがこぼれた。

2025年3月、JR東海は、東海道新幹線で「わんわんエクスプレス〜愛犬とすごす特別な新幹線の旅〜」を試験運行した。

通常、ペットを含む小動物を新幹線に持ち込む場合は原則として飼い主は事前に駅の窓口で手回り品切符を購入した上で、車内ではペットをケージに入れる必要がある。だが「わんわんエクスプレス」では駅停車中などを除きケージから出すことができ、飼い主は愛犬と一緒に車窓からの景色を楽しむなど、思い思いの時間を過ごした。

「わんわんエクスプレス」には、同社が22年から展開する「貸切車両パッケージ」を活用。のぞみ号(東京〜新大阪間)の最後尾16号車を丸々貸し切ったため、ペットを連れていない乗客が乗り合わせることもない。料金は飼い主1人と愛犬1匹で5万9000円。様々な特典が付くとはいえ、通常の約4倍という強気の料金設定だったが、試験運行には、18匹の愛犬とその飼い主が参加した。

プロジェクトリーダーを務めたJR東海営業本部法人営業グループの秋山誠担当部長は、「これまで旅行を諦めていたり、車で移動したりしていた飼い主のニーズに応えることができた」と話す。

東海道新幹線は、新型コロナウイルス禍を経て、需要は回復しつつあるものの、ビジネス利用が中心の平日は、コロナ前の18年度比で95%前後の利用にとどまり、新たな需要創出が急務となっている。

既に「わんわんエクスプレス」第2弾の実施を求める声も多く届いており、愛犬と気兼ねなく新幹線で移動したいという飼い主のニーズは非常に高い。一方で、秋山氏は、「運行後の検証の結果、匂いは、ほとんど検出されなかったものの、アレルゲンの測定については課題が残る結果となった」と明かす。対策の検討を進め、第2弾の実現を探る。

JR東海のように、新たな収益源としてペットやその飼い主に着目する企業が近年、増えている。背景には、人口減少時代に突入した日本にあって、ペットを取り巻く市場が年々拡大していることがある。

1頭当たりの消費額が拡大

矢野経済研究所(東京・中野)によると、ペット関連総市場は、27年度に2兆円を突破する見込みだ。阿部保奈美研究員は、「特にサービス分野は成長が期待できる」と指摘。ペットフードやペット用品の市場は一巡しているものの、既存のサービスの認知度向上や、人向けのサービスをペットに応用した新たなサービスが登場する余地があると予測する。

市場は拡大しているが、ペットの数が増えているわけではない。一般社団法人ペットフード協会の調査によると、24年の犬の飼育頭数は約679万頭、猫の飼育頭数は約915万頭で、犬は減少傾向、猫については横ばいだった。

矢野経済研究所の飯塚智之主席研究員は、「生体価格が以前と比較して上昇していることもあり、飼育頭数は大きく増えないだろう。ペットの家族化などを背景に、飼い主が1頭に消費する金額が上昇することが市場拡大の主要な要素になる」と分析する。

小田急が開設するのは愛犬との滞在に特化した高級ホテル

冒頭ではJR東海の事例を紹介したが、沿線人口がビジネス規模に直結する鉄道会社にとって、人口減は強い逆風となる。その点、ペットの家族化によって生まれる高級志向の新しいニーズは、消費の担い手減少を埋める大きなピースとなり得る。

そんな中で、地盤とする観光地で宿泊施設開発の方向性を見直そうと動くのが、小田急電鉄と、グループの小田急リゾーツ(神奈川県小田原市)だ。同箱根町の芦ノ湖畔に愛犬との滞在に特化したホテル「RETONA HAKONE(リトナ ハコネ)」を12月に開業する。

この場所では、24年3月まで「小田急箱根レイクホテル」が営業していたが、老朽化により大規模改装が必要となっていた。「レイクホテル」の売りだったのが、その広大な庭園だ。富士箱根伊豆国立公園内に立地しているため、新たな建物を建てることは難しい。そこで、庭のスペースを「ドッグパーク」にすることで有効活用できると考えた。運営する他のホテルでは既に愛犬と一緒に宿泊できる客室を提供しており、そのニーズの高さは把握していた。そこで、もう一段踏み込んで、愛犬との滞在特化型という新発想の高級ホテルへの転換に踏み切った。

小田急電鉄などが12月、箱根に開業するホテルの売りは、約2200㎡の広大な天然芝のドッグパークだ (写真=小田急電鉄提供)

「レイクホテル」では48あった客室は15室にまで減らし、1室当たりの専有面積を広げた。プライベートドッグランが付いた最上級の「ヴィラ・スイート」の専有面積は546m2で、宿泊料金は1室2人1泊2食付きで1人当たり12万150円からと、エリアでも最高級水準に設定した。レストランでは、愛犬専用料理も注文でき、愛犬と一緒に食事を楽しめる。既に予約受け付けを始めているが、料金の高い部屋から順に埋まっている状況だという。

目下の最大の課題は愛犬を「接客」するための従業員の育成。従業員には、愛犬飼育管理士、ペット栄養管理士といった資格を取得させるほか、愛犬のおもてなし方法についても試行錯誤している最中だ。小田急電鉄まちづくり事業本部の篠原剛実氏は、「ワンちゃん=家族という考え方になっている。今後は、ワンちゃんと泊まれるホテルも特別なものではなくなっていくのではないか」と話す。

JR四国はペット用さぬきうどん

JR四国は22年、新規事業のアイデアを社内外から募集する「『新時代』創造プロジェクト」を実施した。そのプロジェクトから生まれたのが、「犬用さぬきうどん」などのペット用土産だ。

JR四国などが販売する犬用さぬきうどん。価格は600円 (写真=JR四国提供)

JR四国の営業エリアでは、高速道路網が発達しており、もともと本業である鉄道事業の競争力が必ずしも高いとは言えない。コロナ禍による人流の低下は、そんな同社に追い打ちをかけた。18年度に約225億円あった旅客運輸収入は、20年度には約118億円へと半減。JR四国事業開発本部で新規事業を担当する浅野琳太郎氏は、「既存事業とは異なる、人流に左右されないビジネスモデルを創出することが急務だった」と振り返る。

991件集まったアイデアのうち、6件で事業化を目指すことになり、そのうちの一つが、ペット用の土産だった。23年11月に、高松駅、高知駅に設置した自動販売機でトライアル販売を開始。月間売り上げが目標の20万円を突破するなど、好評だったことから、24年12月には、松山駅、徳島駅も加えた4駅の駅ビルや構内の店舗でも販売を開始した。

香川県の犬の飼育率が全国1位であることをはじめ、四国全体でペットの飼育率が高く、四国はもともと人とペットとの関わり合いが深い地域だ。商品ラインアップは四国の素材にこだわった食品が中心で、香川県産の高級小麦を使用した犬用さぬきうどんは600円と安くはないが、観光客などを中心に好評だという。

ペットビジネスに力を入れる鉄道各社。中でも飼い主たちからのニーズが高いのが、冒頭で触れたJR東海の試験運行のような、愛犬などとの鉄道での移動。だが現時点では、これまでに紹介した3社を含め、鉄道にペットと同乗する場合には、ペットをケージに入れる必要があるほか、大きさや重さの制限もある。盲導犬などを除けば、大型犬などとは同乗することができないのが現状だ。果たして、愛犬などと気兼ねなく鉄道で移動できる日は訪れるのだろうか。

(日経ビジネス 岡山幸誠)

[日経ビジネス電子版 2025年8月25日の記事を再構成]

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