
トランプ米政権の通商政策が世界の海運網を揺さぶっている。中国との貿易摩擦を受け、アラスカ産の液化天然ガス(LNG)の購入増を各国に迫り、外国製の自動車輸送船の入港料徴収も始めた。米主導のルール変更への対応が求められるなか、LNG船保有数で世界首位の商船三井は、船隊規模を150隻に引き上げて世界の需要を取り込む。
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9月末、韓国南東部にある造船の街、巨済市。同国造船大手ハンファオーシャンの造船所にはLNG船やコンテナ船など建造中の大型船が20隻以上並んでいた。
約5平方キロメートルの敷地には、組み立て途中の部品や鋼材の板などもずらりと並び、作業員が搬入や組み立てを急いでいた。「忙しく稼働している。外国人の従業員を増やして作業効率を上げて取り組む」。李哲承ゼネラルマネジャーはこう話す。
韓国には足元で世界各地の海運会社から新船の建造依頼が舞い込む。特にLNG船は、同国が低温での液体輸送に必要な貨物タンクの製造技術に強みを持つ。

建造中の船のなかには、商船三井が年内に竣工するLNG船もあった。ほぼ同型の船内にあるタンク内は体育館ほどの広さで、一面が銀色の金属に覆われていた。壁面が酸化するとLNGの品質が落ちやすく、タンク内は常時、作業員が大きなモップを使って丁寧に磨いていた。
つなぎ役の期待
LNGは原油や石炭より環境負荷が少なく、次世代燃料が普及するまでのつなぎ役として期待される。石油大手、英シェルはLNG需要が2040年までに24年実績から6割増え、最大7億1800万トンになると予測する。
そこで、海運業界はLNG船の発注を急ぐ。既に日本の海運大手3社は保有シェアで世界の4割を握る。このうち、商船三井は発注残を含めて132隻(25年6月時点)を運航する最大手だ。
年内に竣工するハンファ製の船は全長294・9メートル、幅46.4メートル、積載容量は17万4000立方メートルの大型。25年度中にもう1隻を竣工し、30年代に150隻と現行より1割強多い体制を構築する。
商船三井はまだLNGがさほど浸透していなかった1984年に「泉州丸」を初就航し、インドネシアのLNGプロジェクトにも参画した。その後もM&A(合併・買収)などをテコに船隊規模を拡大してきた。橋本剛社長は「確実に輸送需要は増える。得意分野であり強化したい」と意気込む。
足元のLNG船は余剰感が強まる。ノルウェーの海運仲介大手ファーンレイズのデータによると、LNG船のスポット(随時契約)用船料は9月下旬、アジア向けの太平洋航路で1日あたり3万ドル前後、欧州向けの大西洋航路で同2万3000ドルとピーク時の10分の1程度に下落した。
商船三井に限らず、各社がこぞってLNG船に力を入れた結果、24年だけでも60隻ほどが竣工した。ファーンレイズの試算では25年からの3年間で計225隻が新たに完成する。
それでも各社が規模拡大の手を緩めないのは、世界で起きる変化の先をにらんでいるからだ。

米政権が引き金
一つがトランプ政権の動向だ。対立する中国を念頭に、外国船への入港料徴収を10月に始めた。両国の貿易摩擦が収まる兆しは乏しく、中国船の保有は経営リスクになりかねない。このため、海運各社は建造シェアにおいて世界最大の中国で製造された船を減らし、韓国などへの切り替えに奔走している。
それだけではない。バイデン前政権は環境への配慮を掲げ、米国内のLNG開発プロジェクトを中断させた。トランプ大統領は1月の就任後に方針を転換し、エネルギー輸出拡大に向けてアラスカやメキシコ湾周辺での開発プロジェクトを進めている。
同時期に、中国はこれまで輸入を続けてきた米国産LNGの輸入を事実上停止したもようだ。貿易摩擦の緩和に向け、米国をけん制しているようだ。トランプ政権は日本を含む友好国に対し、ウクライナ侵略を続けるロシアからの天然ガス調達を停止するとともに、米国産のLNG購入を強く求めるようになった。
欧州連合(EU)は27年末までにLNGを含む全てのロシア産天然ガスの輸入を終える方針を示す。各国は調達先の多様化などで価格を安定させる方策を練る。
一方、従来はLNG輸出国だったインドネシアなど東南アジア諸国は輸出量が減る見通し。経済成長からエネルギー需要が増え、自家消費に回すようになったためだ。

こうした世界情勢の変化を受け、今後は日本や欧州が北米産の調達を増やす可能性が出てきた。消費地である中国やインドへのLNG供給元が、東南アジアから北米などに切り替われば輸送距離が長くなり、船の供給が制約される。
商船三井LNG・エタン事業担当の井元誠執行役員は「LNGの需要自体は30年代半ばごろがピークになる。ただ貨物量と輸送距離を乗じたトンマイルはまだ伸びていく」と話す。需要が伸び悩んでも、輸送距離が長くなることで需給は引き締まるとの見立てだ。
ファーンレイズジャパンの中川忍氏は「27年までは供給過多が続くが、新規プロジェクトが始動し、老朽化した船の退役が進めば再び需給が締まるだろう」とみる。商船三井は輸送ルートの大幅な変更を商機と捉え、世界のエネルギー需要のさらなる取り込みを目指す。
次回は11月4日に公開します。【関連記事】
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