何かを調べるにも、人工知能(AI)がしゃしゃり出て「助けて」くれる時代になった。コミュニケーションテクノロジー研究者の吉藤健太朗さん(38)は、あえてAIを使わない分身ロボットを提案する。分身ロボットは、「魂の乗り物、心の車椅子」になると思うからだ。

小学5年から中学2年までの3年半、不登校だった。部屋で天井だけ見つめ、人と話すのがどんどん下手になった。「自分はいない方がいい。社会に必要とされていない」とつらかった。
変化のきっかけは親が応募したロボットコンテスト。会場で、一輪車を乗り回すロボットに驚嘆した。出品者は奈良県の工業高校の教員。「この人に弟子入りしたい」一心で学校に戻り、猛勉強でその高校に入った。
師の勧めで養護学校にボランティアに行き、段差でも水平を保てる電動車椅子を開発すると、国内外の科学賞を受賞した。授賞式で出会った海外の高校生たちは「死生観をはっきり持ち、何のために生きるのかを明確に語っていた」。
自分は何のために生きているのか、改めて考えた。当時17歳。視力の低下に悩まされ、医者からは30歳で失明すると言われていた。「あと13年あるなら、残りの人生は『孤独の解消』に使おう」と思いが定まった。
打ち込むものがあると、さほど孤独を感じない。学校という場にも所属している。孤独の本質とは「参加できない」ことだと理解した。
会話は嫌いで対面は怖かった。不登校だったころ、話し相手になるロボットがいてくれたら。高専に編入し、AIの研究に熱中した。だがある日、AIに慰められて人間は本当に幸せなのかと疑問がわいた。
振り返れば、自分が「変わった」と思う瞬間にはいつも人との出会いがあった。「誰と何をしてきたかが今の自分を作った。『人には人』なんです」。作りたいのは、意図を先回りするAIではなく、「人のいる場に出て行けない人を助ける分身ロボット」。進む方向が見えた。
大学ではロボット関係の研究室を片っ端から回ったが、「ロボット制御」に興味はなかった。それより人と人のコミュニケーションが何なのかを探りたい。「コミュニケーション非ネイティブ」を自覚していたが、データ収集と修業だと腹をくくり、人のいる場に行って話しかける苦行に臨んだ。
ちょうど新入生歓迎の時期で「コミュ力がなくても話しかけられた」。しかし「雑談は目的も定義も不明」で、「相づちの仕方、目のあわせ方がわからない」。「初対面の相手にいきなりバラを渡す」など〝黒歴史〟を連発した。社交性が身につくかと社交ダンス部にも入った。理解できなかった「お笑い」は、何時間も動画を見て勉強して「ようやくインストール」。
会話の方法を詰め込む一方、大切なことに気づいた。「漫画などを読んでて、登場人物の死に涙することがありますよね。『表現』は実在しない命を作り出せる」。人間なら、黙ってそこに座っていれば周囲も「いた」と認識する。分身ロボットがその場にいない本人を感じさせるには、存在感を伝える表現力が重要だ。そこでパントマイムや演劇、棒術などのサークルで「見せる動き」を学んだ。
こうして2010年、分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」初号機が完成した。改良を重ねた現行機はカメラ、マイク、スピーカーを搭載し、「うなずく」「両手をぱたぱた」「右手を挙げる」など、12の動きの組み合わせで様々な感情を表現する。
一つ一つの動きに決まった意味はない。周囲がその場でしぐさの意味をくみ取ればいい。目だけが光る顔は能面を参考にあえて無機質、無表情に。誰の分身にもなれ、首の角度次第で喜怒哀楽のどの表情にも見える。


21年6月、東京・日本橋に常設の分身ロボットカフェができた。体長23センチのOriHimeが卓上で接客する。研修で操作法を覚えた全国各地の「パイロット」がインターネットを介して操る。AIは搭載していない。「思ってもいないことを勝手に表現されたくないでしょう?」
老いて寝たきりになった時、分身ロボットに指示して「自分で」お茶を出したいか、それともAIロボットに全部任せたいか。社会に問いかける。


記者の視点
パイロットの仲間は今、100人を超す。働くこと自体が初めての人もいた。「孤独の解消」の先に、吉藤さんが見据えるのは「働く」。人と出会う機会を作るカフェにも、仕事という目的があれば出て行きやすいからだ。「仕事って出会いを目的としない出会い系だと思う」
何げなく交わす雑談も、時には疲れる仕事も、孤独を直視してきた吉藤さんの目には、人が生きるために大切で大変な挑戦。まだ、AIには任せられない。
略歴
よしふじ・けんたろう 奈良県生まれ。王寺工業高校などを経て早稲田大創造理工学部へ。趣味は孤独な日々を慰めた折り紙。大学時代に「オリガミ王子」と呼ばれ、今も「オリィ」を自称する。

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