米Aaruは消費者の行動をシミュレーションし、将来のトレンドを予測してブランドの戦略立案を支援するマルチエージェントシステムを開発している=同社サイトより
日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週1回掲載しています。

AIは既に買い物方法を変えつつある。今や一人ひとりに応じたおすすめ、AI検索、対話型アシスタントが消費者の購入判断を導くようになっている。

次の飛躍的進歩は、AIエージェントが単なる補助ではなく自律的に行動し、消費者の代わりに購入判断を下す「エージェント型コマース」だ。

経済的ポテンシャルは大きい。米コンサルティング大手マッキンゼー・アンド・カンパニーの予測によると、エージェント型コマースは2020年代末には米小売りに1兆ドルの売上高をもたらし、オンライン売上高全体の約3分の1を占める可能性がある。

テック大手と小売りは既にこのシフトの土台を築きつつある。パープレキシティの「Buy with Pro」やオープンAIの「Instant Checkout」では、AI検索プラットフォームで商品を検索し、直接購入できる。カナダの電子商取引(EC)サイト構築支援のショッピファイや米小売り大手ウォルマートはオープンAIの対話型AI「Chat(チャット)GPT」に商品カタログを組み込み、決済大手の米ビザや米マスターカード、米ペイパル・ホールディングスはエージェントによる決済の基盤開発を進めている。

多くのスタートアップもこうした土台に基づいて製品・サービスの開発に取り組んでいる。エージェントシステムのインフラや、商品の発見、比較、決済、フルフィルメント(受注から配送まで)、サービスなど買い物プロセスの各段階を支える専門ツールを生み出している。

CBインサイツの未上場企業の予測分析に基づき、エージェント型コマースを手掛ける企業約90社を洗い出した。この分野を2つの層に分け、図に示した。

AIエージェントの技術スタック:様々な業界の企業がエージェントを構築、展開、管理できるよう支援する汎用AIインフラ。オーケストレーション(複数のエージェントの連携)、メモリ管理、データストリーミング基盤などを含む。

コマースソリューション:発見(生成エンジン最適化、GEO)から買い物支援(AIショッピングエージェント)、決済(AIエージェント決済インフラ)まで、エージェント型コマースの特定の部分を支えるツール。

エージェント型コマースの市場マップ。出所:CBインサイツ

CBインサイツのモザイクスコア(スタートアップの健全性とポテンシャルを測定するスコア)が1000点満点中600点以上で、過去5年以内に資金を調達した企業を対象にした。この図はこの分野の企業を網羅してはいない。

AIエージェントの技術スタック:エージェント型コマースを支えるインフラ

オーケストレーション基盤はエージェントによる買い物プロセス全般の連携目指す

AIエージェントの拡大を受け、消費者データの分析、価格のチェック、検索、注文などを担うエージェントのネットワークを連携・調整するオーケストレーション基盤が登場している。

この分野の企業の従業員数の前年比伸び率は平均87%(全体平均27%の3倍以上)、平均モザイクスコアは739点(未上場企業全体の上位3%)と他の分野よりも高く、この分野の健全性と成長力を示している。オーケストレーションツールの大半はあらゆる業種の法人向けだが、小売りに特化した新たなグループも登場している。

例えば、

・米Aaru:消費者の行動をシミュレーションし、将来のトレンドを予測してブランドの戦略立案を支援するマルチエージェントシステムを開発

・シャクド(Shakudo、カナダ、カナダのロブロー・デジタルが導入):小売りデータを連携して在庫を管理し、価格をリアルタイムで最適化

・認証企業、エージェント型コマースの信頼構築

認証企業はエージェントとその取引を認証する信頼インフラの構築に取り組んでいる。これによりIDを確認し、権限をチェックして不正をリアルタイムで防ぐ。企業内のエージェントの管理が主な対象だが、商取引で買い物エージェントを認証する新たなソリューションも登場している。

・米プルーブ・アイデンティティ(Prove Identity):デジタルID、意図、支払い認証情報を一元化する「Verified Agent」の提供を開始

・トゥルリオ(Trulioo、カナダ):決済大手ワールドペイと提携し、加盟店がAIエージェントの正当性をリアルタイムで確認できる「Know Your Agent(KYA)」認証を開始

・米ヒューマン(HUMAN):ECの不正を検知する米リスキファイドと提携し、自社プラットフォーム「AgenticTrust」でAIエージェントの買い物リスクに対処

コマースソリューション:デジタルショッピングの新たなバリューチェーン

GEOは新たな検索戦略に

チャットGPT、パープレキシティ、米グーグルの「AIオーバービュー」などのAIプラットフォームは買い物の新たな玄関口になりつつある。米アドビによると、7月の対話型AIプラットフォームから米ECサイトへのトラフィックは前年同月比4700%増えた。ホリデーシーズンにはさらに500%増える見通しだ。消費者がネットで商品を見つける方法が変わりつつあるため、GEOはブランドや小売業者にとって必須のツールになっている。GEO企業には2つのタイプがある。

・生成AIエンジンでブランド各社がどう言及されているか(可視性)や検索順位を追跡するモニタリング基盤

・大規模言語モデル(LLM)に合わせて最適化されたコピーを分析し、ブランド向けにコンテンツを自動作成する基盤

GEOスタートアップによる2025年の資金調達件数は計30件で、今回のマップに掲載されたコマースソリューション企業全体の26%を占めている。GEO企業の3分の2が創業3年未満で、CBインサイツの商業成熟度(5点満点)は平均1.9点と低いことを考えると、注目すべき比率だ。この分野はまだ登場したばかりだが、高く評価されていることが分かる。

AI検索による発見が主流になれば、GEOをいち早く採用したブランドはAI検索で優位に立つだろう。

AI買い物エージェントをいち早く導入した小売りは自律型購入に対応

スタートアップは小売りのECシステムにエージェントを直接組み込み、商品のおすすめや注文の追跡、個別の体験を提供している。ただし、決済を完了するエージェントはまだわずかだ。

AI買い物エージェントの分野は拡大しつつあり、平均従業員数は前年比35%増とコマースソリューションで最も急成長している。

米キャパシティ(Capacity)や米コンストラクター(Constructor)など既存勢は規模を急拡大しており、従業員数はこの1年でそれぞれ339%、98%増えた。両社は既存の汎用AIアシスタントやAI検索ツールを買い物エージェントと連携させ、AI機能を一体化している。米Enviveのようなアーリーステージ(初期)の新規参入企業は買い物エージェントに特化し、小売業者が導入しやすい専門型ソリューションを提供している。

エージェントをいち早く導入した小売りは、AIプラットフォームや巨大テックのエコシステム(生態系)に主導権が移る前に消費者の信頼を獲得し、購買行動についての知見を収集し、自律型取引で地位を固めるだろう。

エージェント決済インフラを協業で構築

AIエージェント決済企業は、エージェントが安全かつ自律的に取引できる基盤の構築を進めている。AIネーティブのウォレット(電子財布)やバーチャルカード、データに基づいて自動で実行されるプログラマティック決済制御などのツールにより、ユーザーはエージェントによる支出を認証・制限できるようになる。この分野の平均モザイクスコアは707点(スタートアップ全体の上位4%)で、コマースソリューションで最も高い。

既存インフラを適応させる企業もあるが、AIネーティブの新興勢はゼロから開発している。米電子決済大手ストライプ(Stripe)はモザイクスコアが901点と最も高く、エージェント取引向け新機能を提供している。米スカイファイア(Skyfire、817点)、米カテナラボ(Catena Labs、762点)、米Circuit & Chisel(693点)などの新興勢は自律型のエージェントウォレットや暗号資産(仮想通貨)決済基盤など既存の決済企業にはない機能を提供している。

もっとも、エージェント決済の問題を解決するには、認証や不正対策、消費者からの信頼が不可欠だ。こうした課題に対処するため、新興・既存勢は手を組んでいる。

・コインベース・ベンチャーズはスカイファイア、カテナ、Circuit & Chiselに出資している。ストライプもCircuit & Chiselのシードラウンドに出資した。

・グーグルは60社の提携パートナーとのエージェント決済プロトコル(手順)を発表した。

・マスターカードとビザは複数のAIスタートアップと共同でエージェント決済システムを開発している。

フィンテック大手とAIネーティブのスタートアップ、ECプラットフォームの提携により、安全かつ自律的で、消費者が既に信頼するインターフェースを通じた未来の取引が形成されつつある。

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