本州最北端に位置する大間崎(青森県大間町)は津軽海峡に面し、対岸の北海道・汐首岬までは約18キロ。晴天の日には函館の市街地を見渡すことができる。

脂の乗ったサンマとスルメイカの群れを追って、日本海側からマグロの第一陣が津軽海峡に入ってくる夏の盛りに大間のマグロ漁がスタートする。秋になると漁は本格化し、大きく成長したスルメイカの回遊が始まる11月から翌年1月にかけて最盛期を迎える。

この時期のクロマグロ(本マグロ)は、鉄臭さに似た特有の香りが際立ち、ぐんとうまみが増す。味はより濃厚で、冷たい海水から身を守ためにたにたっぷりと蓄えた脂は、大トロの筋目を指でなぞると体温で溶け出すほどだ。市場で破格値がつき、“黒いダイヤ”と称されるのもうなずける。

生き餌のサバをまずゲット

交渉開始から数カ月、ようやく船長から乗船許可が出た。大間崎突端の下手浜港から出港する延縄(はえなわ)漁船だ。

延縄漁とは、ブイとブイの間を幹縄(みきなわ)と呼ばれる長いロープでつなぎ、そこに鉤(はり)がついた釣り糸(枝縄)を数十本取り付けて海中に沈める漁法だ。この枝縄のことをハリスと呼び、魚が餌に食いつくのを一定時間待ってから釣り糸を引き上げる、至ってシンプルかつ効率的な漁法だ。

大間のマグロ漁船、いざ出港!

大間では漁法によって、日中は一本釣り、夜間は延縄と時間帯をすみ分けている。9月下旬、同乗した船は午後3時に出港、全速力で目標地点に向かう。すでに津軽海峡の風は肌寒く、「沖合に向かうとさらに気温が下がるから注意しろ」と言われた。

甲板は漁に使う装備類、収納箱などで足の踏み場もない。船長にどこにいればいいのかと聞いたところ、「お前はあそこ」と指差されたのは船首直下の横60センチ、縦180センチほどの長方形のスペース。全速力で進む船はとんでもなく揺れ、しぶきが船首にいる私に豪雨のように降りかかってくる。撮影を前に心が折れそうになる自分を、なんとか奮い立たせるのにはかなり骨が折れた。

釣り糸を直接手で操り、生き餌用のサバを釣り上げていく

延縄漁は、生き餌を調達することから始まる。船を走らせること3時間、餌となる魚のいる海域に到着。この時はサバだったが、スルメイカやサンマなどの時もあるし、冷凍魚や擬似餌を使うこともあるという。

午後6時過ぎからサバ釣りを開始。驚いたのは生き餌を釣る技術の巧みさだ。絶えず揺れる甲板上で、3人の漁師は釣りざおも使わずに手釣り糸を持って腕を上下させ、これで1回に数匹をまとめて釣り上げる。

サバは甲板に置かれた生簀(いけす)に入れ、海水を注入し続けて鮮度を保つ。実に見事な手さばきで、小一時間ほどの間に必要な数の生き餌がそろったのには感嘆した。

生き餌として使うサバを入れた生簀。常時、海水を送り込む

備えあれば憂いなし

同乗させてくれた船は新型のソナーや魚群探知機、潮流計、レーダー、GPSなどの電子機器を駆使し、事前に漁場をくまなく調べ上げているという。魚が集まる瀬の位置、しけた時の潮目の特徴などもデータとして備えているのだから驚く。おそらく勘と経験だけで漁をする時代はとうに終わったのだろう。

乗船して9時間、午前0時、いよいよ漁場近くに到着しつつあるようだ。その間、船を走らせながら、漁師たちは漁に向けての準備に余念がない。目的地に到着すると、ハリスにくくりつけたGPS付きの大型ブイを船尾から投下。延縄漁の始まりだ。

なじみのない津軽弁を聞き分けるのが難しいため、航海中は全神経を集中して聞き耳を立てていた。急に船長が早口で「こっちに来てみろ」と珍しく声をかけてくれたので、近づいてみると、操舵室のソナーを指差す。映し出された画像には鉤にかかったマグロの姿があり、みなで破顔一笑。1匹もかからずに港に引き上げてくる船も珍しくないのに、漁の開始直後に食い付きがあるのは幸先が良い。

この日、場所を変えながら海中に投げ込んだ幹縄は3セットで、長さは1000〜3000メートル。投げ縄作業を終えると、3人は軽食や仮眠を取りながら、しばらく待機。すでに午前3時過ぎ、乗船から半日以上がたとうとしていた。

荒々しく釣り上げたマグロを優しく着地

夜明け前になり、いよいよ巻き上げを開始。船は最初に設置した延縄の海域まで戻り、GPSを頼りにブイを探し、延縄の回収を始める。幹縄の長さはそれぞれの船によって、また捕れた生き餌の数によっても異なる。取り付けるハリスの長さは企業秘密だという。

幹縄の巻き取りは船首近くにある巨大な機械式ドラムを使うので、私は船尾に追いやられた。そしてしばらくすると鈍く光る魚影が海中に出現。大型のクロマグロだ!

日が昇り出す頃、最初の獲物が上がってきた

船長が何か怒鳴っている。完全に津軽弁だ。おそらく「気をつけろ」「注意しろ」と叫んでいるのだろう。一つ間違えれば、ハリスが手に絡まったり、鉤が体に刺さったりする事故が起きる。そんな事故に巻き込まれたら、百戦錬磨の漁師といえどもただでは済まない。彼らの心を引き締めるのも船長の大事な仕事だ。

海上は遮蔽(しゃへい)物がないので明け方でもかなり明るいが、揺れる船上での作業は困難を極める

延縄の仕掛けに対して船体を一定方向に保つため、船首近くに予備の操舵(そうだ)装置がある。これを荒波の中で繰り、マグロのかかった幹縄を常にドラムに対して同じ角度になるように巻き上げていくのだから、熟練の技が必要だ。

鉤にかかった魚体が右舷に近づくと、高圧電流でマグロを失神させるショッカーという器具をハリスに沿わせて海中に投下。抵抗できなくなったマグロが浮かび上がると、フックに引っ掛けウインチで素早く船に引き上げるが、着地させる時は甲板に敷いたマットの上にまるで子どもを寝かしつけるように優しく横たえる。

これも、マグロの品質を確保するための重要な技術。釣り上げられる際、暴れて船体に強くぶつかったりすると大変だ。この段階では不明だが、仲卸が魚体を解体した際、傷付けた部分の身が焼けたように劣化する「焼け」が生じることがあるからだ。焼けた部分は鮮やかな赤身が白っ茶けてとても売りものにはならないので、魚体の取り扱いには細心の注意を払う。

魚体が傷つかないように、丁寧に釣り上げる

甲板上での迅速・的確な処理が売値を左右

第一の勝負がマグロの釣り上げなら、第二の勝負は甲板上での処理だ。今度は時間との戦い。フィッシュピックを使って脳を破壊するとともに、神経締めのための針金を入れる道筋をつくる。そうして動きを止めてから、尻尾をノコギリですばやく切断してマグロの身を確認する。

エラの奥の大動脈をカットし、そこに海水を入れて血抜きをする。続いてエラに沿って包丁を入れて内臓を取り出し、腹の下方の腸も切り離す。さらに神経を抜き、マグロの体を防水布で包んで塩水の入った氷水のプールで冷やす。この間、わずか10分。その早業に目を見張る。

マグロの尻尾を素早く切断、身の確認をする

血抜きは時間との戦いだ

防水布で包んだマグロを氷水の中に漬け込む

この一連の作業をいかに迅速に行うかによっても、マグロの味、色、臭みなどがまるで違ってくる。限られた時間内での的確な処理が、最高の鮮度と味を保ち、市場での値を左右するから手抜きは絶対に許されない。

特に大間漁師の処理技術はずば抜けているといわれ、同じ津軽海峡で操業する他の漁港を圧倒する。最高峰ブランドを維持し続ける理由はこんなところにもあるようだ。

狭い甲板上は釣り上げたマグロとさまざまな機材で足の踏み場もない

1匹を処理している傍らで、次のマグロが釣り上げられてくる。常にマグロの身を海水で洗いながら処理していくのにもかかわらず、甲板には血の臭いが充満している。まさしく戦場だ。

船上での作業が過酷なため、しばし命がけになる大間のマグロ漁。「板子一枚下は地獄」。漁師は常にこの言葉を胸に、海という圧倒的な存在に敬意を払い、漁を続ける。彼らの目的は、単に金を稼ぐことだけではない。そこには大自然と対等に渡り合い、最高の魚を追い求める「狩人の誇り」が満ちていた。

この日の釣果は10本。大間漁港で船から引き上げたマグロは魚体の重さを測った後、再度、氷水に漬けて輸送車の到着を待つ

写真と文=鵜澤 昭彦

取材協力:豊洲市場鮪仲卸「石司」

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