定期的に開かれるライブ。この日はベーシストの安カ川大樹さんとピアノの市川空さん、ドラムの塚田陽太さんのトリオがスタンダードナンバーやクリスマスソングのアレンジを披露した=宮城県栗原市で2025年12月21日、猪飼順撮影

 「渡り鳥が集まる、この冬の景色は何にも代えがたい」。宮城県栗原市のジャズ喫茶「カフェ・コロポックル」の窓の外には、国内有数の渡り鳥の越冬地として知られる宮城県の伊豆沼・内沼の雄大な景色が広がる。【猪飼順】

 店主の杉本豊さん(73)は毎朝、鳥の声で目覚め、その日に店で流す約90曲を選曲する作業で一日が始まる。東京から移住し、店をオープンして今年3月で10年。「店を通じて、お客さん同士もつながっていく。そんな場を続けていきたい」と語る。

 杉本さんと栗原市の縁は、20年ほど前にさかのぼる。もともと都心の社宅で暮らし、父親として地域の子ども会や学童保育の活動に参加。当時知り合った人たちとは、子どもが成長した後も家族ぐるみの交流が続いた。

 その一人から「栗原に自由に使える土地があるんだけど」と持ちかけられ、遊びの延長で雑木林を切り開いた。夏には一面に広がるハス、冬に飛来する白鳥やマガン。高台から沼を見下ろす絶景が気に入っていた。その場所に今、店が建っている。

 50代半ば、杉本さんは第2の人生をどうするか悩んでいた。大手のIT企業に勤め、独立する同僚も多かったが、「会社の縁で仕事を続けるのもどうか。いっそのこと全く違うことをしたい」と決心。学生時代から好きだったオーディオ作りに本腰を入れ始め、ジャズ喫茶巡りも再開した。

 その頃に起きたのが、2011年の東日本大震災だった。仲間とボランティア活動に取り組む中で、二拠点生活ではなく、栗原市への移住を決め、58歳で早期退職した。「ぽつんと住んで、畑をやっても飽きてしまうだろうし、何より地域のコミュニティーに入り込めない。お店をやるという選択肢は合理的に思えた」と振り返る。

東京から移住し、ジャズ喫茶「カフェ・コロポックル」を2016年に開いた杉本豊さんと妻の久美子さん=宮城県栗原市若柳上畑岡原で2025年1月16日、猪飼順撮影

 震災後の建設資材の不足などで、店のオープンは予定より3年ほど遅れた。しかし、その間に8000枚のCDをデータベース化。ライナーノーツの誤りなどを調べ上げたり、録音の参加メンバーを登録したりして1曲ずつ積み重ねていった。つてをたどって、著名なカフェで修業し、おいしいコーヒーの入れ方も学んだ。

 「とにかく凝り性なので、CDの音楽をいかにいい音で聞かせられるか、特にオーディオ機器にはこだわった」と語る。スピーカーとアンプは市販品だが、それらをつなぐ機材はケースから自作するなど自慢の品だ。

 オープン当初は焼きカレーなどのランチメニューも評判を呼び、行列ができた。「忙しすぎたし、音楽がうるさいと言われることも。こんなはずじゃなかったと後悔するほどだった」

 新型コロナウイルスの感染拡大を契機にランチメニューの提供をやめ、ようやく本来やりたかった音楽が中心の形にたどり着いたという。午前10時から午後2時は音を抑えめにしたBGMタイム。その後、午後6時までは「JAZZタイム」と称して、豊かな音量で、じっくり音楽にひたることができる。

 杉本さんとともにカウンターに立つ妻の久美子さん(69)は移住するまで看護師として働いていた。「人と接するのは慣れてはいたけれど、ずっと二人で働くというのも最初は不安だった。お客様がクッションになってくれるのがありがたい」と笑う。

 年に10回ほどは、ライブ演奏会も開催。昨年12月にはベーシストの安カ川大樹さんらによるトリオが出演し、約30人の聴衆が集まった。「オープン当時はライブをできる場所が県北部にほとんどなかった。全国的にも演奏の場が減っていく中、ミュージシャンに機会を提供する意味もあった」と話す。

 ライブ終了後には、ミュージシャンと常連客がテーブルを囲んで談笑するのが恒例だ。常連客同士もカフェを通じて仲良くなった。「ライブは経営的には持ち出しのほうが多いけれど、店がいろんな人たちのゆるいコミュニティーを作っていく場所になれば」

カフェ・コロポックル

 宮城県栗原市若柳上畑岡原20の6、営業時間は午前10~午後6時。火、水曜定休。電話0228・24・7975。

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