国内最大級のホテルチェーンを展開するアパグループの創業者で会長の元谷外志雄(もとや・としお)さんが11日、死去した。82歳だった。葬儀は近親者で営んだ。後日、お別れの会を開く予定。同社が13日、自社のウェブサイト上で発表した。

 石川県小松市で生まれ、小松信用金庫(現はくさん信金)で金融や不動産取引を学んだ。27歳で独立し、1971年に同市でアパグループの前身となる住宅分譲会社「信金開発」を起業した。注文住宅から賃貸・分譲マンションへと事業を拡大させ、80年にアパホテルを設立した。4年がかりで84年に金沢市に1号店となるホテルを開業した。

 大きな帽子姿で知られ、アパホテル社長を務める妻芙美子さんと二人三脚で事業を推し進めた。温泉旅館のように部屋に折り鶴を置き、300室以上のホテルに大浴場をつくるなどして、おもてなしに力を入れた。

 2010年には客室数を増加させるなどして東京都心でトップを取る戦略を開始。15年からは地方中核都市へと戦略エリアを広げ、横浜市や大阪市に2千室を超す大型タワーホテルの出店を進めた。

 16年には世界戦略元年を打ち出し、カナダに本社を置くホテルチェーンを買収し、北米市場にも攻勢をかけた。

 同グループは25年9月3日時点で、フランチャイズや建設・設計中、海外などを含めて385ホテル、8万6895室のネットワークを持つ。純利益は24年11月期まで53年連続で黒字を続けている。

 17年には、日中戦争中の旧日本軍が多数の中国人を殺害した南京事件を否定する自身の著書をホテルの客室に置き、批判を浴びた。

 国内で20年から本格化したコロナ禍では、自社のホテルを無症状者と軽症者を受け入れる宿泊療養施設として、いち早く名乗りを上げた。

 創業50周年の翌年の22年に会長に就き、長男の一志氏をグループ社長兼最高経営責任者(CEO)にした。

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