米国時間2025年7月9日、米半導体大手エヌビディアの時価総額が一時、4兆ドル(約580兆円)を突破した。時価総額が4兆ドルを超えた企業は世界初だ。ただしこの1年、順調に株価が右肩上がりを続けたわけではなかった。地政学的な逆風やマクロ経済の圧力などもあって市場は波乱に満ちていた。それを受けて一時的に株価は低迷したが、5月ごろに反転した格好だ。4つの「D」で、「4兆ドルクラブ」への軌跡を見ていこう。

フェーズ1=データセンター(Data Center)で無双

1つ目の「D」はデータセンターだ。25年1月前半までのエヌビディアを支えたのは、今や誰もが知る生成AI(人工知能)需要だった。特に他の半導体メーカーを圧倒したのはデータセンター向けのGPU(画像処理半導体)だ。24年8〜10月期、24年11月〜25年1月期の決算ではデータセンター事業が急伸し、売上高、1株当たり利益ともに市場予想を大きく上回った。

それでも24年後半は株価が激しく動いた。新型GPU「ブラックウェル」の生産に問題が生じ、8月に設計変更を公表。計画通りの供給に対する懸念が生じていた。それに対してエヌビディアは好決算で不安を払拭。年末までには株価が140ドル前後で推移するようになった。

フェーズ2=ディープシーク(DeepSeek)の急襲

エヌビディアの株価に大きな影響を与えたのが、2つ目のDである中国のAI開発企業、DeepSeek(ディープシーク)だ。

同社は低コストで高性能なAIモデルを開発。開発に必要な計算能力が劇的に下がるのであれば、エヌビディアの高価なGPUへの需要が根本的に減少するのではないか──。懸念は瞬く間に広がり、25年1月27日は1日で約5900億ドル分の時価総額が吹き飛んだ。米ブルームバーグ通信によれば、個別企業の1日の時価総額下落幅として史上最大だという。

1月下旬〜2月にかけて、エヌビディアの株価は続落。同社の業績が市場全体に波及する形で、米ハイテク株も下落基調に入った。

フェーズ3=トランプ(Donald Trump)関税と地政学的逆風

株価下落に追い打ちをかけたのが3つ目の「D」、ドナルド・トランプ米大統領による新たな関税政策と対中輸出規制強化だった。

4月2日にトランプ大統領が輸入品に対する新たな関税を発表すると、エヌビディアの株価は時間外取引で同日終値から一時、5%程度下落。多くのアナリストが、サプライチェーン(供給網)の中で中国と台湾が重要な役割を担う企業への影響を懸念しており、エヌビディアはそのうちの1社だった。

米政府は4月、対中輸出規制を強化し、エヌビディアが中国向けに開発していたAIチップ「H20」を対象に加えた。エヌビディアは5月に発表した25年2〜4月期の決算で、在庫引当金などの費用として45億ドルを計上。5〜7月期は中国向けで80億ドル分の売り上げを失うと見通した。それまで抽象的だった地政学リスクは、エヌビディアの損益計算書への具体的な打撃として顕在化し始めた。

株価は関税や輸出規制と呼応するように下落を続け、4月以降、たびたび100ドルを割り込むまでになった。

フェーズ4=需要(Demand)が後押ししたV字回復

反転の最初のきっかけは5月の決算発表だった。5〜7月期の見通しでは、輸出規制の影響で中国向けの売り上げは減るものの、米国などでそれを上回る成長が期待できるとした。売上高は前年同期比で50%増えると見込んでいる。

新型GPU「ブラックウェル」の供給制約が緩和され、量産が加速していることも市場は好感した。エヌビディアのGPUを生産する台湾積体電路製造(TSMC)は半導体パッケージの生産能力増強に動いている。米証券会社のアナリストは「4〜5月のブラックウェルの出荷は当初のエヌビディアの予想より多いと聞いている」という。5月の決算発表でも、ブラックウェルの需要が供給を大幅に上回っていることが明らかになった。

米国以外でのビッグプロジェクトも次々に発表された。サウジアラビアはエヌビディアと提携し、ブラックウェル世代GPUを大量に導入するAIデータセンター建設計画を発表。アラブ首長国連邦(UAE)でも次世代AIインフラを構築する「スターゲート」計画が動く。

V字回復の大きな要因は最後のD、需要(Demand)だった。エヌビディアが決算で見通した通り、中国での逆風を中国以外の世界需要が完全に吸収するという図式は現実になりつつある。5月に台湾で開かれたIT見本市「コンピューテックス台北」で講演したエヌビディアのジェンスン・ファン最高経営責任者は「(AIインフラの)価値は数兆ドルになる」と語り、需要はまだまだ大きくなると強調した。

「今後18カ月で、次の焦点は5兆ドルになるだろう」。テック業界を長年ウオッチする米Wedbush(ウェドブッシュ)証券のアナリスト、ダニエル・アイブス氏はこう予測する。時価総額が4兆ドルを超えてもなお、さらなる成長への期待はしぼんでいない。

(日経BPシリコンバレー支局 島津翔)

[日経ビジネス電子版 2025年7月10日付の記事を再構成]

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