採用活動を停止、背景は「関税」

「とても困難な状況です。トライ&エラーを繰り返しています」

肩をすくめて話すのは、アウトドア関連グッズを取り扱う会社のポール・コサロCEO。ロサンゼルス郊外にある自社の倉庫を案内しながら、現在、置かれた状況について説明してくれました。

この会社では、バッグやピクニック用のかごなど、およそ250種類の製品を扱っています。デザインなどは本社で行いますが、商品の製造はほとんど中国のサプライヤーに委託しているというだけあって、倉庫に積まれた段ボールには「Made in China」の文字が数多く見られました。

しかし、トランプ政権が始動すると米中の貿易摩擦が激化し、中国からの輸入品には高い関税が課されました。会社は調達先の一部をインドに変更する決断をしましたが、今度はそのインドがトランプ政権のターゲットに。ロシアから原油などを購入していることを理由にインドからの輸入品には8月から50%の追加関税がかけられ、有効な打開策とはなりませんでした。

関税による影響はこれにとどまりません。

人気商品の1つであるアルミ製のイスなどが新たにトランプ関税の対象に加えられ、50%の追加関税が課せれることになりました。

コサロCEO
「関税政策は私たちのビジネスに大きな影響を及ぼしています。関税そのものに加え、さらに大きな障害となっているのは『不確実性』です。私たちは、今後の調達や投資などの計画を立てる際に、さまざまなことを考慮してバランスを考えます。しかし、あした、来週、来月に何が起こるか分からない状況では、計画を立て、雇用し、製品を発注することさえ非常に難しくなります」

輸入コストが膨らむ中、会社が決断したのは人件費の抑制でした。

従業員は70人余りで、毎年、5人以上を採用してきましたが、当面は退職者が出ないかぎり、採用しない方針に切り替えたのです。

かき入れ時の年末商戦に向けて、商品のこん包や発送などのために臨時で雇う従業員も、例年の50人前後から半減させる予定だといいます。

コサロCEO
「私たちの会社は35年以上にわたってこの地域に根ざしており、できるかぎりの方法で地域をサポートしてきました。その最もよい方法は明らかで、雇用を生み出すことです。地元コミュニティーで採用して、雇用を創出したいとは考えていますが、それは私たちにとって大きな出費であり、今、そうした投資をできる状況ではありません。明確な見通しが立つまでは採用活動を再開するのは難しいでしょう」

広がる採用減、職探しも難しく?

この会社のように、採用活動を止めたり縮小したりする動きは広がりを見せています。再就職を支援する会社、チャレンジャー・グレイ・アンド・クリスマスが発表した、8月の新規採用計画は1494人にとどまり、8月としては2009年の集計開始以降、最も少なくなっています。

こうした状況の中、職を求める人たちも厳しい現実に直面しています。

アメリカの労働省が発表する雇用統計では、直近に発表された8月の農業分野以外の就業者が、7月から2万2000人の増加にとどまり、市場の予想を大きく下回りました。さらに、6月は1万3000人の減少に下方修正され、2020年12月以来の減少に。ことし3月までの1年間の就業者も91万人余りの大幅な下方修正となりました。

また、労働省が発表する失業保険統計では、新規に失業保険を申請する人はじわじわと増加しているのに加え、継続して失業保険を受け取っている人も高止まりしています。

「初めての経験」、職が見つからず…

「これまで何度か転職しましたが、半年もの期間、仕事がないのは初めての経験です」

西部ユタ州ソルトレークシティー郊外に住むポール・フィギンズさんも、職探しの難しさに直面しています。

社員研修などが専門で、大手のEVメーカーや金融機関で勤務した経験もありますが、ことし2月に勤めていた企業を解雇され、求職活動は今も続いています。当初は1日に10件の求人を見つけることができたといいますが、5月や6月には1日に5件程度に減少。今ではさらに求人数が少なくなってきたと感じています。

フィギンズさんが自宅のパソコンで見せてくれた失業保険に関する書類では、2月以降、「収入欄」にはゼロの数字が並んでいました。住宅ローンなどの支払いを抱える中、失業保険と貯蓄を崩しながらのやりくりが続いています。

さらに、企業側の対応も心理的に追い打ちをかけました。求人に応募しても返信がないケースがほとんどで、あったとしても、メールが自動的に返信されてくることが多いといいます。

自動返信されたメール

また、電話がかかってきて、自動音声やAIにさまざまな質問を受けることもあったということです。「でも、その後、何も連絡がないんです」と半ば諦めたような顔で説明してくれました。

フィギンズさんが求職活動の難しさを強く感じ始めたのはことし春以降。トランプ政権の関税政策などが本格化した時期と重なります。こうした政策に伴う「不確実性」が大きくなり、企業側が求人を出すのをためらっているのではないかと、考えているといいます。

フィギンズさん
「企業からの求人に、最初の2時間で何百人もの人が応募するのです。こうした状況は経済の不確実性に関係していると思います。ここ数か月で政府の政策が大きく変化し、採用される機会はほとんどなくなっていることがわかります。こうした状況がすぐに好転しなければ、私はどうしたらいいのか分かりません」

今後の焦点は労働市場の減速スピード

アメリカの労働市場を見渡すと企業の採用活動(需要)は停滞していますが、移民政策の影響で働き手(供給)も同時に減っている状況です。

こうした状況を、FRB=連邦準備制度理事会のパウエル議長は「奇妙なバランス」(a curious kind of balance)とも表現していますが、今後については解雇の広がりなどで失業率が急激に上昇する可能性も指摘しました。FRBが雇用が悪化するリスクの高まりなどを背景に、9月の会合で、2024年12月以来、6会合ぶりの利下げを決めるという見方が金融市場で強まっています。

景気が悪化したときにみられるような大規模な解雇はまだIT大手など一部に限られていますが、堅調なアメリカ経済を支えてきた雇用が、今後、減速のスピードを速めることになるのか。世界経済にも影響を及ぼすアメリカの労働市場の行方は大きな焦点となっています。
(9月4日「おはBiz」で放送)

アメリカ総局記者
新井 俊毅
2005年入局
北見局、札幌局、経済部、大阪局を経て現所属

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