新首相の高市早苗は、中国国家主席の習近平(シー・ジンピン)と握手さえできないかもしれない。そんな事前予想を覆した韓国・慶州での日中首脳会談だった。しかも中国側は、意外に早く会談実施を決断していたフシがある。

ただ、この順調な雰囲気は会談後、すぐに破られる。中国が表明した「猛烈(強烈)な抗議」だ。慶州でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の際、高市が台湾代表と挨拶し、会談したことへの強い反発である。

韓国・慶州でのAPEC首脳会議前に、台湾代表の林信義・元行政院副院長㊨とあいさつを交わす高市早苗首相(10月31日、高市首相のXから)=共同

ただ、中国の強い反応は理解しにくい。それは1年前の経緯を思い起こせば明らかだ。24年11月、当時の首相、石破茂は、ペルーの首都リマで、APEC首脳会議に頼清徳(ライ・チンドォー)政権下の台湾代表として出席した林信義と50分間会談した。前日には習と初会談していた。

新旧首相に差別待遇の意味

今回の韓国APECの高市も全く同じ。1年前を踏襲した。まず中国トップ、翌日に台湾代表に会う順だ。対話相手も同じ林信義。石破・林会談は、今回の高市・林会談の20分よりも長い。確認されている石破の台湾訪問の回数も高市よりはるかに多い。

石破は今年2月、ワシントンでの日米首脳会談後の共同声明に「台湾海峡の平和と安定を維持することの重要性を強調した」「力または威圧によるあらゆる一方的な現状変更の試みに反対した」と書き込んだ。声明文への明記は初めてで、日本側の主導だ。米大統領のトランプは就任直後でもあり、強いこだわりはなかった。

今回の高市・トランプ会談も基調を維持したが、関連する共同声明はない。中国の反応は全く異なる。1年前、中国は石破政権に抗議さえしていないのに、今回は強い抗議に。新旧首相への差別待遇の裏には何があるのか。

高市はX(旧ツイッター)に台湾代表について2回投稿している。10月31日に APEC首脳会議の控室で交わした挨拶、そして翌11月1日の会談だ。高市は習に関しても10月31日、控室で双方笑顔で挨拶する写真、同日午後の首脳会談について2回発信した。

韓国・慶州でのAPEC首脳会議前に中国の習近平国家主席㊧とあいさつを交わす高市首相(10月31日、高市首相のXから)=共同

日中首脳会談と同じ日だった台湾代表との挨拶に関する投稿では「台湾の総統府資政(上級顧問に相当)」と紹介している。中国は、この肩書を含めたSNSへの連続発信に強く反発した。中国外務省の報道官談話は「日本の指導者が頑として台湾当局の人員と面会し、SNSで大々的に騒ぎ立てた」としている。

ただ、中国の反発には「江戸のかたきを長崎で討つ」ような側面もある。実際、中国が気にしたのは習の体面だ。高市は、戦略的互恵関係の推進で合意した約30分の日中首脳会談で、初対面の習を前に、日中間に横たわる全ての問題についてかなり率直に述べている。

まずは台湾問題。高市は習との会談後、「台湾に関して先方(中国側)から少しお話がございましたので、やはりこの地域の安定、安全というものは、両岸関係が良好であることが非常に重要であるということは申し上げました」と説明している。

中国外務省によれば、習は「歴史や台湾など重要な原則問題に関する(両国の)4つの政治文書に示された明確な規定を厳格に順守し、履行しなければならない」と語っている。くぎを刺したのだ。

一方、10月30日、釜山の韓国空軍基地内という中国に不利といえる場所での米中首脳会談ではどうだったか。台湾問題がなぜか素通りされている。東京での日米首脳会談では台湾海峡の平和と安定の重要性を確認し、日中首脳会談でも台湾問題が話された。だが肝心の米中首脳会談では触れていない。トランプも「言及なし」を確認している。

「韓国での米中会談と日中会談はセット」

これは米中、そして日本も絡む複雑な駆け引きの結果だ。トランプの対中関税、中国のレアアース輸出規制を巡る米中の一時休戦、問題先送りに際し、極めて微妙な台湾問題が取引材料に使われることはなかった。

韓国空軍基地内での会談を終えたトランプ米大統領(奥左)と中国の習近平国家主席(10月30日、韓国・釜山)=共同

高市は習に、中国での邦人襲撃事件、拘束中の邦人の早期釈放、さらに南シナ海、香港、新疆ウイグル自治区等の状況に対する深刻な懸念も提起した。中国側は、高市の率直な物言いをある程度、予想できたはずだ。それでも今回、習は高市に会う決断をした。

習が慶州で高市と初会談するまでの経緯を知るAPEC関係者は「日中首脳会談の決定は、異例だった釜山・金海の韓国空軍基地での米中首脳会談の決定とセットだった」とみる。

トランプが日本で高市と台湾問題を含めてじっくり話してから習に会う選択をした以上、習もひとまず高市に会って考え方を確かめ、クギも刺す必要があった。習は米中について「G2」とまで表現したトランプだけを注視している。それでもトランプがあえて日本経由で韓国入りした動きが、日中首脳会談を誘(いざな)う役割を果たした。

米原子力空母ジョージ・ワシントンでの演説を終え、トランプ米大統領㊧と引き揚げる高市首相(10月28日午後、神奈川県横須賀市)

今回の日中首脳会談がギリギリまで決まらなかったというのは、真実とはいえない。実施日の前から、ほぼ固まっていたのだ。今年は中国共産党にとって「抗日戦争勝利80年」を記念する特別な年だったが、それは最後は関係なかった。

祝電なしから一転

10月21日だった高市の首相就任直後には、習から祝電が届いていない。 石破までの各首相の就任時には当日、習から祝電が届いた。この差別にも対中強硬イメージが関係している。

高市は自民党総裁に就いた後、国会内で開いた自民党の「南モンゴルを支援する議員連盟」の会合に会長としてメッセージを出した。内モンゴル自治区の人権に関し「中国共産党による弾圧が続いていることに憤りを禁じ得ない」と批判している。

ただ、秋の例大祭に合わせた靖国神社参拝は見送った。首相に就任すると、安倍晋三政権で首相秘書官を務めた今井尚哉を内閣官房参与に起用。経産省出身で経済重視の対中政策を進めた司令塔だ。中国は、日本側に対中パイプ再構築の兆しがあるとみた。日中間の戦略的互恵関係の立案に関わった秋葉剛男も内閣特別顧問に残った。

習が高市に会う決断をした裏には、経済主体に日本との関係を再構築したいという意思も感じ取れる。これは10月23日に閉幕した中国共産党中央委員会第4回全体会議(4中全会)の後、急速に浮上してきた雰囲気だ。

それでも習の体面を重視する中国側には、日中首脳会談での高市の率直な物言いで一定のストレスが残った。それは台湾代表との会談に関する高市のSNS発信をとらえた猛烈な抗議という形で表面化した。

中国外務省は6日、日本政府が台湾の前台北駐日経済文化代表処代表、謝長廷に旭日大綬章を授与したことにも不快感を示した。「台湾独立論を言いふらす人物に勲章を与える意図は何か」と問題視している。こちらも中国のストレス発散である。

それでも中国側は、そのストレスを経済交流面には持ち込んでいない。3日、日本人などへの短期滞在ビザ(査証)の免除措置の期限を2025年末から26年末に延ばすと発表している。

5日には中国海軍で最大級の空母「福建」が就役した。中国の空母は3隻体制となり、台湾有事の際の投入なども想定される。中国国営中央テレビは7日になって、軍トップを兼ねる習が就役式に参加し、艦内を視察したと初めて伝えた。

就役した中国軍3隻目の空母「福建」(中国海南省三亜市の軍港)=AP

7日には高市も国会答弁で踏み込んでいた。台湾が武力攻撃を受けた場合、日本が集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」にあたる可能性が高いと特定のケースを想定して明言したのだ。中国への抑止力を高める思惑がある。

中国の駐大阪総領事の不穏当なSNS発信

ここで物議を醸すは、やはりSNS発信だった。高市発言を受けて、中国の駐大阪総領事がXに過激な投稿をする。「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇(ちゅうちょ)もなく斬ってやるしかない。覚悟が出来ているのか」。中国語独特の表現の拙い翻訳にもみえる。

あまりの不穏当さに官房長官の木原稔は10日、「中国の在外公館の長の言論として不適切と言わざるを得ない」とし、中国政府に「強い抗議」と投稿削除を要請したと明らかにした。投稿は確認できなくなっている。

それでも中国外務省は高市の国会答弁に「強い不満と断固反対」を表明。日本政府に「厳正な申し入れと強烈な抗議」をした。駐大阪総領事の投稿についても擁護している。

せっかく実現した日中首脳会談の後、台湾に絡むSNS発信をきっかけに双方の物言いが白熱化、過激化する状況は危うい。SNS空間で拡散される言論は、コントロールが難しいだけに、時に思いも寄らない副作用を生む。これ以上のエスカレートを避ける知恵が必要である。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。
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