日本経済新聞は11月25日、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記の娘についてのビジュアル調査報道コンテンツを公開した。彼女が公の場に初めて姿を見せてから3年。朝鮮中央テレビの1万4115時間の映像を検証すると、露出が急増していることがわかった。毎月の登場日数は父親に迫っていた。後継者説も浮上している。取材班は人工知能(AI)の顔認識技術を活用し、娘の厚遇ぶりを網羅的に調べた。検証プロセスを紹介する。
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AIの顔認識技術で娘を検出
顔認識技術の下準備は、大量の画像を集めることから始まった。まず北朝鮮メディアが配信する200枚の写真をもとに、娘の顔だけを切り抜いた画像を用意した。その上でプログラミング言語「Python」を用いて、AIで顔の特徴を抽出し、娘を自動的に認識できるプログラムを作成した。テレビ映像に映った人の顔を数値化し、基準値を超えた顔を娘だと判定するように調整した。

AIの解析では、娘が映った瞬間の画像と時刻を保存した。一連の場面で複数枚が保存された場合は、顔が鮮明な画像を自動的に選ぶようにした。抽出した画像は約3000枚に上った。記者が目視で一枚一枚をチェックすると、登場日数は3年で600日を超えていることがわかった。
さらに映像の前後の流れにも目を通した。何の行事に参加したのか、どのような扱いを受けていたかを確認した。多くは音楽と画像を組み合わせたプロパガンダ映像だった。なかには金正恩氏と親密に触れ合う様子もあり、彼女の異例の振る舞いが垣間見えてきた。

クラウド上で膨大なデータ処理
調査した映像は1万4115時間に及ぶ。データ総量は5テラ(テラは1兆)バイトを超えた。記者のパソコンでは処理できない膨大なデータで、人力で見るには長時間かかる作業になる。分析を効率化するため、クラウドサービスを活用した。サーバー上で複数のコンピューターを操作することで、約3カ月を要する顔認識の解析を数日間に短縮することができた。

映像素材は韓国当局のデータと照合
北朝鮮国外から朝鮮中央テレビを視聴する方法は限られている。調査では、北朝鮮の分析を行うKorea Risk Groupが運営するウェブサイト「KCNAWatch.org」に保存された映像を参照した。ただし公式配信ではないため、信ぴょう性を確かめる必要があった。
「ソウルで朝鮮中央テレビの映像が視聴できます」。北朝鮮のテレビ報道を研究する甲南女子大学の鴨下ひろみ准教授から映像検証の助言を得ることができた。取材班は10月下旬に韓国に向かった。韓国統一省の北朝鮮情報センターには、朝鮮中央テレビの映像がアーカイブされていた。同センターの視聴用パソコンで「KCNAWatch.org」の映像と照合し、放送内容が一致していることを確認した。一部の映像は欠損していることもわかった。

北朝鮮からの脱北者とも面会する機会を得た。数年前に韓国に逃れた男性にソウル市内で聞き取りした。記者が映像を見せたところ、北朝鮮国内で見ていた映像と同じだと教えてくれた。ニュース番組や天気予報などを視聴していたという。娘の印象について尋ねると、「金正恩氏が選んだ人だから後継者になるだろうと受け止めた。誰も疑問を抱かない」と話した。

AIでジャーナリズムを強化
AIはジャーナリズムを強化する可能性を秘めている。米ブルームバーグ通信と米紙ニューヨーク・タイムズはAIを調査報道に活用する。大量の映像や衛星画像をもとに特定の物体を自動検出し、新たな事実を伝えている。日経でも高度な解析ができるエンジニアをニュースルームに配置する体制を整え、今回の調査報道につなげた。
テクノロジーが進歩しても、記者の価値判断は重要なままだ。AIが出した結果が正しいとは限らない。検証プロセスが複雑になれば、丁寧な説明が必要になる。専門家らへの従来の取材を行いつつ、最新技術を組み合わせてジャーナリズムを進化させたいと考えている。
(坂井爽太郎、山本博文)
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