かつては東京駅と山陽・九州方面を結ぶ夜行の旅客列車は多数運転されていた。しかし、利用者の減少で写真の「はやぶさ」(東京駅―熊本駅間)・「富士」(東京駅―大分駅間)(両列車は東京駅―門司駅間で併結)が2009年3月に廃止されるとすべて姿を消した(門司駅にて2008年8月4日に筆者撮影)

最盛期の1975年度(昭和50年度)には1日76本が運転されていた寝台特急列車もいまや風前のともしびだ。現在毎日運転されている寝台特急列車は東京駅―出雲市駅間の「サンライズ出雲」、東京駅―高松駅間の「サンライズ瀬戸」のともに1往復2本だけである。

寝台特急列車がここまで少なくなってしまった理由は単純明快だ。利用者が減った結果、削減されてしまったのである。

寝台列車の利用者が最も多かったのは国鉄時代の73年度(昭和48年度)で1997万9000人(1日平均5万4737人)に上る。ところが、利用者数はその後急激に減り、国鉄最後の86年度(昭和61年度)には全盛期の3割ほどの584万6000人(同1万6016人)となってしまった。

国鉄は寝台車の利用者が減少した理由を次のように分析している。

①76(昭和51年)11月6日に実施した寝台料金の大幅値上げ
②新幹線の延伸や航空網の発達
③快適度を増したビジネスホテルの普及

①は当時の国鉄の壊滅的な収支状況を考えればやむを得ない。ところで、今日でも座席車による格安な夜行列車を望む声は大きい。けれども、鉄道は価格面で高速バスにはかなわない。

東京駅―大阪駅間を移動したとしよう。JR在来線を利用すると運賃は8910円、仮に座席を備えた特急列車を運転したとして指定席特急料金(A特急料金)は3490円で計1万2400円だ。一方で同じ区間を結ぶ高速バスは最も安くて4000円前後からあり、懐具合に応じて選べる。

JRも法外な運賃・料金を設定しているのではない。国土交通省鉄道局が公表した2022年度(令和4年度)の「鉄道統計年報」から、東日本、東海、西日本のJR3社を合わせて東京駅―大阪駅間556.4キロメートルに列車を運転する費用は230万9194円と求められた。

仮に運賃と指定席特急料金とで1万2400円を徴収すると、採算分岐点となる利用者数は187人だ。東京駅―大阪駅間で鉄道事業を営むJR3社はこの区間に座席の夜行列車を運転していないので達成不可能な数値なのであろう。

②の「新幹線の延伸や航空網の発達」は考えてみれば当たり前の話だ。夜行列車が設けられている理由は、日中に走るだけでは目的地に到着できずに日が暮れてしまうから、または夜通し走るとちょうど朝に目的地に到着するかのどちらかだ。

新幹線のおかげで今日、東京駅―博多駅は5時間程度、東京駅―新函館北斗駅間は約4時間でそれぞれ結ばれるようになり、わざわざ寝台列車を利用する理由はない。

③の「快適度を増したビジネスホテルの普及」は案外見過ごされがちだ。寝台車で個室が一般的となったのは先に挙げた「サンライズ出雲」「サンライズ瀬戸」からで、営業開始は1998年(平成10年)7月である。

東京駅―岡山駅間で一緒に連結されて走る寝台特急列車「サンライズ瀬戸・出雲」。現在、毎日運行されているのは「サンライズ」のみだ
千葉県いすみ市にあるポッポの丘に保存されているB寝台客車、オハネフ24 2の車内。2段ベッドが向かい合わせとなっていて、眠るときにはカーテンを引くというから、プライバシーはお世辞にもあるとは言えない。「はやぶさ」「富士」のB寝台車もこのタイプであった(2024年8月4日に筆者撮影)

それまでは開放式といってカーテンを引いて眠る寝台が一般的で、しかも、1970年代までは幅が52センチメートルか70センチメートルの窮屈な3段ベッド(B寝台)が大半であった。

もう一つ忘れられがちなのは、夜行の旅客列車では安眠しづらいという点だ。実を言うと、走行中の列車の揺れで眠れないという事態は案外少ない。

だが、列車が駅に停車しようとブレーキをかけたり、駅を出発しようと動き出したりするときの衝撃は予想外に大きく、目を覚ましてしまうこともしばしばである。寝台列車は真夜中でも乗務員の交代などで1時間から2時間に1回は停車するから、もうこりごりだと思った人も多いはずだ。

実用的な乗り物としての寝台列車は今後も復権しないであろう。けれども、寝台列車を豪華客船感覚で楽しみたいとか、昔懐かしい夜行の旅客列車を体験してみたいというニーズはいまも根強い。

豪華客船感覚の寝台列車といえば、JR九州の「ななつ星in九州」やJR東日本の「TRAIN SUITE 四季島(しきしま)」、JR西日本の「TWILIGHT EXPRESS 瑞風(みずかぜ)」が知られる。

久大線を走るJR九州の豪華寝台列車「ななつ星in九州」(大分県日田市)

高級ホテルのような客室に乗り心地のよさを追求した車両で、果たして鉄道なのかと錯覚させられるほどの列車だ。しかしながら、料金もまた格別で庶民には高根の花だと言ってよい。

上野駅に入線するJR東日本の豪華寝台列車「TRAIN SUITE 四季島」

寝台ではなく豪華座席タイプの夜行の旅客列車もある。JR西日本の「WEST EXPRESS 銀河」で、JR東日本も同様の趣旨の列車を2027年(令和9年)春から走らせるという。どちらも従来の営業車両を改造したものなので、乗り心地に不安は残る。

JR西日本の特急列車「WEST EXPRESS 銀河」
JR西日本「WEST EXPRESS 銀河」の座席

とはいえ、従来の夜行の旅客列車とは違って比較的ゆったりと走るのでそう気にはならないだろう。料金がリーズナブルで、子どもでもお小遣いをためれば利用できるのがうれしい。

実用的な夜行旅客列車は列車の速度が遅いからだとか、あまり快適でないホテルに泊まるよりはましという理由で隆盛を極めた。だからいまのように数を減らしたのはそれだけ現代の世の中が進歩を遂げたからだと言える。あえて昔のつらかった時代を懐かしむのもいまが幸せな時代だからなのかもしれない。

梅原淳(うめはら・じゅん)
1965年(昭和40年)生まれ。大学卒業後、三井銀行(現三井住友銀行)に入行、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。「JR貨物の魅力を探る本」(河出書房新社)、「新幹線を運行する技術」(SBクリエイティブ)、「JRは生き残れるのか」(洋泉社)など著書多数。雑誌やWeb媒体への寄稿、テレビ・ラジオ・新聞等で解説する。NHKラジオ第1「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。

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