
女性解放運動家として活躍した平塚らいてうが雑誌「青鞜(せいとう)」で発表して以来、若い年下男性の恋人は「つばめ」と隠語的に呼ばれてきました。今ではあまり耳にしませんが、水中でこの「ツバメウオ」を見ると、ついそんなことを考えてしまいます。
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ツバメウオは、温暖な海の中層を数匹から十数匹の群れで泳いでいます。そこにダイバーが居合わせると、彼らはなぜかダイバーに近づき、さらに後ろをついてくるのです。女性ダイバーにつきまとう様子などは、まさに「つばめさん」。でも実は、そんな様子を撮影する私の真後ろにも、とぼけた表情で「見つかった」とばかりに、あんぐりと口を開けたツバメウオがいて、こちらもびっくりさせられます。振り返って水中フラッシュを浴びせたり、捕まえるような仕草を見せたりすると、ぷいと身を翻して離れるくせ、しばらくするとまた近づいてくるのです。不思議な連中です。ツバメウオの群れに遭遇したときには「振り向けばヤツがいる」ことを予測し、間近に迫った彼らを撮影できる準備をしておかねばなりません。
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群れを守るため侵入者を追い立てることが目的かというと、どうもそんなふうには見えない。フンをエサとするため、ジュゴンやウミガメと一緒にいる、という説を聞いたこともあるものの、ジュゴンを見かけることなどないのに観察したヒトがいるのか疑問です。カメの後ろにいることは私も一度だけ目撃しましたが、フンを食べてはいませんでした。
ヒトは水中で排せつしないけれど、ツバメウオには、ヒトがジュゴンやカメと同じように見えているのでしょうか。もしかすると、大きな生き物のそばにいることで危険な肉食魚から身を守り、あわよくば食事にもありつける、というコバンザメのような処世術なのかもしれません。
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地域によってはツバメダイとも呼ばれる、マンジュウダイ科のサカナです。この和名は、若魚(わかうお)時に黒く細長い背びれと尻ビレがツバメの翼を広げた姿のように見えるから、ということに由来します。成熟するにつれ、細長い姿は丸みを帯びて平べったいウチワのような体形になり、おでこも出っ張ってきます。
なんだか、ヒトのおじさんの体形変化のよう。若魚の面影はありません。こうなると「つばめさん」として相手にされないでしょうね。
少し離れた所にいるツバメウオを引き寄せるには、手のひらの親指の付け根の膨らんでいる部分で拍手するとよい、という流説がダイバー間にありますが、何度試しても成功したことがありません。ヤツらは気づくと勝手に近づいてきて、ヒトの後ろを取ってしまうのでその必要もありません。
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沖縄県の慶良間諸島でよく見かけ、この連載でも取り上げた「アカククリ」とよく似ていますが、口のとがり方が異なります。サカナの中には、色の系統が同じというだけで別種同士が群れをつくることはあるものの、ツバメウオとアカククリが混泳することはないようです。
(東京都小笠原村で撮影)【三村政司】
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