お召し列車を運転した3人。手にしているのは当時、特別に製作したヘッドマーク=千代田区で

 1都3県を結ぶつくばエクスプレス(TX)が8月、2005年の開業から20年の節目を迎えた。歴史の浅い中小鉄道だが、大手に負けない実績がある。08年と10年には、社内でも極秘に進められた「特別ミッション」があった。【高橋昌紀】

 08年の夏が終わった頃、運転士だった渡辺淳一さん(55)=現・秋葉原駅務管理所助役=は上司に呼び出され、こう告げられた。「通常業務から外れ、特別な訓練をしてもらう。何をしているのか、話してはいけない」

 この特別ミッションに参加する運転士は、約120人のうち3人だけ。渡辺さんは責任の重さに気を引き締めつつ、「普段と変わらない運転をしよう」と心に決めた。

 特別ミッションは、08年11月に皇室用の特別列車「お召し列車」を運転することだった。

 天皇、皇后両陛下(現在の上皇、上皇后両陛下)は宇宙航空研究開発機構(JAXA)などの視察で茨城県つくば市を訪問され、復路はTXに乗ることになった。来日中のスペインのフアン・カルロス国王夫妻が同乗することも決まった。

 開業4年目の同社にとっては未知の大仕事。専用車両や特急車両は保有しておらず、通常の営業車両の中づり広告を外して使うことになった。「警備当局が3日間、車両を徹底的に調べた」と関係者は明かす。

 ブランドカラーの青地に「TX」の金文字をあしらったヘッドマークを製作し、お召し列車の先頭につけた。ヘッドマークは、途中で破損してもすぐ交換できるように4枚用意した。

 つくば駅で両陛下を乗せ、16駅先の南千住駅(荒川区)までをノンストップで走行することになった。営業運転中の列車の合間を縫い、駅ごとの通過時間を定めた特別ダイヤが作られた。それに従い、渡辺さんたちは約1カ月間の訓練に励んだ。

 迎えた11月12日の当日。あいにくの霧雨模様で、レールが滑りやすくなっていた。渡辺さんは「揺れると乗り心地に影響する。発進と減速に細心の注意を払った」と振り返る。

 通常のTXは車掌が乗務しないワンマン運転だが、最後尾の車両には予備の運転士が乗務した。運転時間35分の特別ミッションは無事に終了した。極秘のはずだったが、通過した各駅ホームは、両陛下を歓迎する人や鉄道ファンであふれていた。渡辺さんは、運転席から見たその光景が強く印象に残っている。

 10年8月には再び、お召し列車の運行が決まった。しかも今度は往路、復路ともTXでの移動で、3人の運転士が選ばれた。そのうちの一人、長谷川基さん(55)=現・北千住駅務管理所副所長=は「度胸のない人間には務まらない」と上司に言われたという。飲酒を控えて体調管理に万全を期した。

 往路を運転した提箸(さげはし)寛和さん(50)=現・乗務員養成所課長補佐=は「お召し列車に関わることができて光栄。運転士をやっていて良かった」と笑顔で振り返った。

 2度のお召し列車の運転士6人は、技術や知識の優秀さなどで選ばれた。ただ、他の列車にトラブルが起きていたら、お召し列車に影響が及んだかもしれない。2度の特別ミッションは、他の運転士や駅員、保線要員らの総合力で完遂されたといえる。

 同社は「お召し列車に限らず、これからも安心、安全、安定輸送を守っていきたい」としている。

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