
生態系への悪影響や農作物被害の懸念から特定外来生物に指定されている南米原産の大型ネズミ「ヌートリア」が、静岡県西部で増えている。浜松市は今月、市民の手を借りて捕獲用のわなを設置する制度を開始。磐田市もジビエとして活用するため猟友会などと協定を結んだ。西から来たとみられる「侵入者」を東進させまいと、自治体が異例の対策に乗り出している。
ヌートリアは、頭から尾の付け根まで40~60センチで水辺に生息する。草食で土中に穴を掘って巣を作るため、米や野菜の食害だけでなく、田んぼのあぜ道崩落などの被害も出ている。2005年の外来生物法施行と同時に特定外来生物に指定され、飼育や生きたままの運搬、野外への放出などが禁止されている。
ヌートリア研究の第一人者で岡山理科大の小林秀司教授によると、現在国内で生息しているのは、戦後の食糧難で国が食用として増養殖を推奨した結果だという。一時は38都道府県で飼育されたが、食糧事情が改善されたため飼育放棄により各地で野生化、1970年代以降に気候や地形などで淘汰(とうた)が進み、岐阜県養老町、岡山県児島湾周辺、兵庫県・京都府境の福知山周辺の計3カ所に定着し、そこから生息場所を拡大した。これらは戦前に米国から輸入された150頭が原点という。
「ビーバーらしきものがいる」。2012年3月に浜松市の浜名湖東岸で見つけた市民が交番に届け出たのが、「静岡県内初の生息確認」(県自然保護課)とされる。県内で現在確認されているのは、養老町から生息域を拡大してきた結果で、静岡が定着した生息域の東限に当たるとみられる。
県内では、米や野菜への被害は、最近3年間では浜松市と湖西市に集中。磐田市や掛川市でも目撃報告が出ている。県によると、農作物の被害額は22年度に15万円、23年度28万6000円、24年度75万3000円と年々増えている。それでも食害が社会問題化しているシカ(24年度8100万円)と比べると遠く及ばない。

県は23年度以降、自然保護課が主宰して生息域を広げないことを目的に、浜松、湖西、磐田の各市や、県の農林部局、JAの担当者、有識者を招いて情報交換会などを開催している。
浜松市は21年度からチラシを使って目撃情報を集めるとともに、NPO法人に業務委託しての捕獲を開始するなど対策に乗り出したが、目撃数は22年度以降360、461、619件と年度ごとに増加。これに対して捕獲できたのは同年度以降157、166、239頭と追いついていない。このため、市は9月25日から、市の講習を受けた人にわなを貸し出す市民捕獲従事者制度を導入して対策を強化した。
同制度は、これまで同じ特定外来生物で東南アジアなどが原産のリス「クリハラリス」でも19年度から運用されている。推定生息数は、21年度の8000匹から24年度は4700匹に減った。市環境政策課は「ヌートリアは市内で生息域を拡大し、目撃情報と併せて農業被害も出ており、捕獲の要望が寄せられている。業務委託による捕獲ではニーズに対応することは難しく、市民捕獲従事者制度を開始することで捕獲の担い手を増やしていきたい」と話している。
磐田市では、農業被害はこれまでほとんど確認されていないが、被害の未然防止を目的に、市と猟友会、県立農林環境専門職大学、JAの4者が9月24日に協定を締結した。捕獲だけにとどまらず、ジビエとしての利活用の研究などにも取り組む。草地博昭市長は「生息数や地域が拡大することを抑制し、食用として活用を図っていきたい」と話している。
小林教授は「ヌートリアは独特の栄養補給能力があり小食でも適応可能なので、今後も農作物被害が極端に増えることはないだろう。ただ、農業従事者は高齢化しており、田畑の管理を考えると、生息域を拡大させることは防ぎたい。集団で行動することはなく、一度駆除すれば別の個体が姿を見せるのに比較的長い期間を要するので、捕獲のタイミングを農作物の収穫時期に合わせるといった工夫が必要になるだろう」と話している。【照山哲史】
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