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<身ひとつあれば、体と心を鍛えることができる...心のセラピー、そして執念に>

日本でも定着した「自重トレーニング」。そのきっかけは、2017年に邦訳版が刊行された『プリズナートレーニング 圧倒的な強さを手に入れる究極の自重筋トレ』(CEメディアハウス)だった...。

元囚人でキャリステニクス研究の第一人者ポール・ウェイドが語る、筋肉について。第1章「イントロダクション」より一部編集・抜粋。


◇ ◇ ◇

忘れ去られたトレーニング技術

残念ながら、世界にあるどのジムに行ってもキャリステニクスを学ぶことはできない。失われた技術だからだ(実際に失われたのはごく最近だが)。

過去1世紀ほどの間に生まれた、バーベルやダンベル、ケーブルマシン、そして次々とリリースされる新型マシン。

それら目新しいトレーニング技術が放つ子どもだましの輝きが、このいにしえのトレーニング技術を陽が当たる場所から追い払ってしまったからだ。

身ひとつあれば、体と心を鍛えることができる。だれもが持つその権利をきれいなパッケージに包んで改めて売ろうとするフィットネス産業のプロパガンダによってキャリステニクスは死に瀕している。

ウエイトやマシン、プロテインやステロイドの攻撃を受け、キャリステニクスは、いまでは子どものフィットネス法のように扱われている。

キャリステニクスには、プッシュアップ、プルアップ、スクワットといったすばらしいエクササイズが含まれているが、何レップスできるかにばかり焦点が置かれ、筋力の開発にはほとんどつながらない使われ方をしている。

しかし、古くから伝えられるキャリステニクス、いにしえのそれをマスターしたアスリートたちは、それらを使って、極限の、剥き出しの筋力をつくり上げる方法を知っていた。

もちろん、バーベルやレジスタンスマシンでも筋力をつくることができる。

しかし、キャリステニクスによって手にするのは、鉄の手錠を壊したり、鎖のようなフェンスを破ったり、レンガでできた壁を叩き毀し、そこから大きな塊を取り出して細かく割ってしまう類のパワーだ。


そんな筋力を身につけたくはないだろうか?

その強さは、プッシュアップを死ぬほど繰り返すだけでは得られない。体の中から、生の、動物的な力を引き出すには、いにしえのキャリステニクスについて知るしか方法はない。

この技術をどう学んだか?(わたしの履歴書)

ある世界でキャリステニクスが秘密裏に伝えられたことは、すべての男たちにとって幸運な出来事だった。

その世界とは、そこで生き延びるためには極限の強さとパワーが必要になる薄暗い場所だった。バーベル、ダンベル、その他の現代的なトレーニング器具がない場所でもあった。

文明化された男たちが、あまり文明化されていない男たちを鉄格子の後ろに隔離した場所。そこは、監獄、刑務所、矯正所と呼ばれるところだった。

わたしの名はポール・ウェイド。悲しいことにわたしは鉄格子の後ろの人生について知っている。

初めての犯罪。1979年のそれでサン・クエンティン州立刑務所に入り、その後の23年間のうちの19年間を、地獄のアルカトラズにとって代わったアンゴラ(別名ザ・ファーム)やマリオン(ザ・ヘルホール)など、アメリカでもっともタフな監獄の中で暮らしてきた。

わたしは、また、いにしえのキャリステニクスを知る男でもある。おそらく、いま生きている誰よりも。服役期間の最後のほうで、わたしはエントレナドール(Entrenador、スペイン語で「コーチ」を意味する)というニックネームで知られるようになっていた。


それは、鉄格子の中に入ってきた「新入り」が、超高速で強靭なパワーを手に入れるため、わたしの知識を求めたからだ。

たくさんの支持と対価を得ることになったが、それは、実際役に立つものだったからだ。わたしは、壁などの支えを使わないで1ダース以上のハンドスタンド・プッシュアップ(逆立ちによる腕立て伏せ)ができた。

それは、オリンピックの体操選手でも、おいそれとまねができない離れ業だ。できるだけ強く健康でいること、また、タフでいること。それが監獄内でのわたしの仕事になった。

しかし、その仕事は、お洒落なクロムめっきでカバーされたジムで、日焼けした気障な男たちとスパンデックスを着たセクシーな女性たちに囲まれて学んだものではない。

鉄格子の外にいるパーソナルトレーナーのほとんどは3週間の通信コースで資格を手に入れることができる。それとはちょっと違う。

「フィットネス」や「ボディビルディング」の本を大量生産しながら、汗をかいたこともない腹が突き出た作家でもない。さらに「生まれながらのアスリート」でもない。

わたしが最初に監獄に入ったのは、22歳の誕生日の3週間後だった。約70キロの体重、185センチの身長。長くてひょろっとした腕はパイプ掃除具(パイプの軸を掃除するための、棒状にした針金の房)のように見え、いまの半分ほどの強さしかなかった。


監獄に入ってすぐに体験した厄介事のおかげで、わたしは、「囚人」が空気を吸うように他人の弱さを食い物にする生き物であることを知った。

そこで流通する通貨は脅迫だった。生き延びるために誰かの雌犬になるのだけは嫌だった。ターゲットにならないための唯一の方法。それは、できるだけ早く自分を「つくり上げる」ことだった。

サン・クエンティンに入って数週間後、元ネイビー・シールズがいる監房に移されたのが幸運の始まりだった。

トレーニングで鍛え上げた彼の体躯はすばらしいもので、その元ネイビー・シールズが、プルアップ、プッシュアップ、ディープスクワットなどの基本的なキャリステニクスを教えてくれた。

正しいフォームを学び、彼の指導の下で、数か月間、訓練を続けた。体がいくらか大きくなった。スタミナがつき、何百レップスも繰り返せるエクササイズがいくつかできた。

もっと大きく、もっと強くなりたかった。そうなるために、出会うすべての人からなにかを学び取るようにした。監獄に収監されている人々の顔ぶれは多彩だ。体操選手、兵士、オリンピックの重量挙げ選手、武道家、ヨガの先生、レスラーがいた。医者さえもいた。

もちろん、ジムには行けなかった。何も使わず、監房で孤独なトレーニングを続けるしかないのだ。つまり、自分の体をジムにする方法を見つけなければならなかった。トレーニングすることが心のセラピー、そして執念になっていった。


その結果、6か月で大きな体とパワーをつくることができ、1年が経つと、ホールに集まる囚人の中で、もっとも身体能力がある一人になっていた。

すべて、キャリステニクスのおかげだった。キャリステニクスは監獄の外では死んでしまったが、監獄内では、世代を超えて受け継がれていた。

監獄という環境でのみこの知識が生き残ったのは、トレーニングする上での選択肢が他にあまりないからだ。ピラティスのクラスも、エアロビクスのクラスもない。監獄内にあるジムが話題になるが、それは、ごく最近の流れであり、ジムがあったとしてもお粗末な器具しかない。


ポール・ウェイド(PAUL "COACH" WADE)
元囚人にして、すべての自重筋トレの源流にあるキャリステニクス研究の第一人者。1979年にサン・クエンティン州立刑務所に収監され、その後の23年間のうちの19年間を、アンゴラ(別名ザ・ファーム)やマリオン(ザ・ヘルホール)など、アメリカでもっともタフな監獄の中で暮らす。監獄でサバイブするため、肉体を極限まで強靭にするキャリステニクスを研究・実践、〝コンビクト・コンディショニング・システム〟として体系化。監獄内でエントレナドール(スペイン語で〝コーチ〟を意味する)と呼ばれるまでになる。自重筋トレの世界でバイブルとなった本書はアメリカでベストセラーになっているが、彼の素顔は謎に包まれている。

 『プリズナートレーニング 圧倒的な強さを手に入れる究極の自重筋トレ』

  ポール・ウェイド [著]/山田 雅久 [訳]
  CEメディアハウス[刊]

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